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何か面白いことないかな

大分県中津市で見つけた歴史資料27『物類品隲(ぶつるいひんしつ)』(1763)

今日は土用の丑の日ですね。
この土用の丑の日ですが、江戸時代中期の発明家・平賀源内が鰻屋の広告PR案として考えたとの説があるそうです。

そのような経緯もあり....今回は江戸時代中期に、大成功をおさめた薬品会の出品解説書『物類品隲』を紹介しようと思います。



目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。
江戸時代末期には蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書(初版本)』が展示されている町です。
今は「中津からあげ」と鱧が有名な街です。

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(画像引用元:中津市へのアクセス | 大分県中津市



『解体新書(1774年)』の翻訳者、前野良沢の所属が豊前国中津藩(現在の大分県中津市)なので、そのゆかりで『解体新書(初版本)』が中津市に展示されています。


大分空港から車で1時間半ほどの場所です。

『物類品隲(ぶつるいひんしつ)』について

『物類品隲』(1763) って何?

日本で最初の博物図鑑です。

江戸時代中期の蘭学者の平賀源内が師とともに1757年〜1762年の間、5度にわたって開いた、大成功をおさめた薬品会(物産会)のカタログです。
その時の出品物,総数2000を超す出品物の中から厳選した360品の産地を示し解説を加えたものです。そのうち特に珍しい32品は写生図が載せらえています。*1


※「隲」......「定める」の意味


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大江医家資料館展示品 『物類品隲』

上記の写真の見開き図はサトウキビを絞っている図(造糖之法)です。
『甘庶培養並ニ製造ノ法』 で、サトウキビ栽培と砂糖の製造法が書かれています。

作者:平賀源内(ひらが げんない)って誰?

平賀 源内(1728年 - 1780年)は江戸時代中頃の人です。『解体新書』で知られる杉田玄白のお友達です。

「エレキテル」を作ったり、日本人で初めて西洋画を描いたりしたと言われています。
本草学者、地質学者、蘭学者、医者、殖産事業家、戯作者、浄瑠璃作者、俳人、蘭画家、発明家....と様々なことに手を出していた多才多芸な異才の人のようです。

平賀源内肖像(木村黙老著『戯作者考補遺』 明治写)
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慶應義塾図書館|平賀源内肖像 (木村黙老著『戯作者考補遺』 明治写)


余談ですが、科学雑誌大人の科学マガジン」からエレキテルが発売されています。

表紙がなんとも言えない味を出していますね....!






何がすごいの?

日本では当時珍しい海外の様々な技術や代物を、日本国内に注目してもらえるように奇抜な方法で紹介しました。
いくつか注目点を紹介いたします。

世界初の物産展

世界初の物産展を開きますが、後の国際見本市や万博の原型になりました。*2

江戸時代、「薬品会」と称するイベントがたびたび行われ、盛況を博していました。
当初は新規の薬品や医療器具などを持ち寄る本草学者(現代の薬学)らの勉強会でした。しかし博物学ブームであった世相を反映し、次第に珍しい自然産品や器物などを出陳する今で言う博物展覧会へと変わりました。
全国各地の薬種や産物を展示し交換する物産会は、学術的な発表の場であるだけでなく、珍しい物品を見ることができる一般大衆向けの博覧会だったそうです。



さとうきびからの製糖方法

さとうきびからの製糖方法が載せられています。
当時、朝鮮人参や砂糖は海外の輸入に頼っていたらしく、平賀源内はそれらを自給することで国益の手助けすることを考えていたようです。*3

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http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ni01/ni01_00102/ni01_00102_0006/ni01_00102_0006.htm
画像引用元:物類品隲. 巻之1-6 / 平賀国倫 編輯 ; 田村藍水 鑒定 ; 田村善之,中川鱗,青山茂恂 校六巻

牛の図強烈ですね...

朝鮮人参の栽培方法

以下は『物類品隲(ぶつるいひんしつ)』6巻に載せられた朝鮮人参園の図です。他にも『物類品隲(ぶつるいひんしつ)』5巻目に朝鮮人参の絵が4枚が載せられています。

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画像引用元:物類品隲. 巻之1-6 / 平賀国倫 編輯 ; 田村藍水 鑒定 ; 田村善之,中川鱗,青山茂恂 校
六巻

華岡青洲も使っていた薔薇露(しょうびろ)

和名「薔薇露(しょうびろ)」、ロウズワァトル(現代のローズウォーター)の紹介です。バラの花を舶来のランビキ(蒸留装置)で精製する方法が紹介されています。

ロウズワァトルはオランダ人によって日本に持ち込まれ、平賀源内はランビキ(蒸留装置)を使って抽出していました。オランダでは既に外科治療に使われていたそうです。
*4

紅毛語ロウズワアトル…此の物ランビキを以て薔薇花を蒸して取たる水なり。薔薇の類多し、就中野薔薇花を最上とす…。此の水外療に以て功効多し。紅毛人常に長崎に持来る。…
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画像引用元:物類品隲. 巻之1-6 / 平賀国倫 編輯 ; 田村藍水 鑒定 ; 田村善之,中川鱗,青山茂恂 校 1巻


平賀源内より後に生まれた外科医の華岡青洲ですが、華岡青洲はこの『物類品隲』に基づいて、門人とともに野薔薇を採草し、自らの医学塾でローズウォーターを製造して傷口の消毒や口腔の処置に使用したそうです。
*5


以下は華岡家に伝わる最古の麻酔技術の伝記に書かれていた「ロウザ取り」です。ローズウォーターを生成する方法です。

https://www.binchoutan.com/sahime/images/img_02_13.gif

華岡青洲とは、江戸時代に世界で初めて乳がん手術を行った外科医として知られています。その華岡家に伝わる最古の麻酔技術の伝記に「ロウザ取り」というものがあります。これは、現代で言うローズウォーターを生成する方法です。華岡家では、野薔薇(出雲のカタラ)を採取し、ランビキ(※)で作っていました。花岡家の門人たちは、ランビキ(※)を模範し、桶を用いて作った道具によってロウザワアトル(ローズ水)を製造していました。出雲の地では、このように昔から薔薇を薬用に用いていた記録が残っています。
※江戸時代、薬油や酒類などを蒸留するのに用いた器具のこと。

引用元:https://www.binchoutan.com/sahime/index.html

大分県中津市大江医家資料館にもランビキが展示しています。
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パンフレットの右下に、らんびきの写真が載せられています。



※補足...平賀 源内(1728年 -1780年)、華岡 青洲(1760年 - 1835年)平賀源内の方が早く生まれたようです。







『物類品隲』の内容

『物類品隲』の 中身

本文4巻、図絵1巻、付録1巻の6巻の構成になっています。
内容は360種類の物産が水・土・金・玉・石など14部門に分けられ、形状や性質、効能、用法などが図などを利用して解説されています。
付録には朝鮮人参の栽培方法*6さとうきびの栽培法と精糖法が載せられています。

殆どが文字ばかりですが、絵ばかり集めた巻もあります。

『物類品隲』の展示場所

大分県中津市の大江医家資料館で見ることができます。

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村上医家資料館・大江医家資料館 共通パンフレット





まとめ

大分県中津市の大江医家資料館には、江戸時代中期に大成功をおさめた薬品会の出品解説書『物類品隲』が展示されています。
興味のある方は、別府温泉、 湯布院温泉に行くついでに、ぜひ中津市にもお立ち寄りください。

中津市内でカキ氷をいただける店が幾つかありますので、お立ち寄りください。
https://www.city-nakatsu.jp/kankodocs/2018061400125/file_contents/natsu_banner.jpg

関連

平賀源内が開いた「薬品会(物産展)」についてp161ページに載せられています。

風雲児たち (4) (SPコミックス)

風雲児たち (4) (SPコミックス)

平賀源内が『解体新書』の挿絵画家の小田野直武に西洋画の技法を教えるシーンが出てきます

風雲児たち (5) (SPコミックス)

風雲児たち (5) (SPコミックス)

平賀源内が死ぬまでが載せられています。

風雲児たち (6) (SPコミックス)

風雲児たち (6) (SPコミックス)

エレキテルが作れます



大分県中津市に仮住まいしていました。蘭学関係の古文書が数多く置かれているので「中身はどのようなものか」と気になり、興味本位で調べています。関係者ではありません。