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何か面白いことないかな

大分県中津市で見つけた歴史資料20 『増補重訂 西説内科撰要』(1826)

大分県中津市に仮住まいしていました。蘭学関係の古文書が数多く置かれているので「中身はどのようなものか」と気になり、興味本位で調べています。
遊び半分で始めたことですが、意外と長く続いてしまっています...。





今回は津山藩医・宇田川玄随が刊行した江戸時代の解剖図『増補重訂版 西説内科撰要(せいせつないかせんよう)』を紹介いたします。


目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書』をみることができる町です。
今は「中津からあげ」が有名です。
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増補重訂版 西説内科撰要(せいせつないかせんよう)とは?

日本で刊行された最初の西洋内科翻訳書の宇田川玄随(槐園)の『西説内科撰要』に、宇田川玄真が増補して文政5年(1822)に出版したものです。原著は1744年に刊行されたオランダ人ヨハネス=ゴルデルによる内科書だそうです。*1


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大江医科資料館展示品 増補重訂版 西説内科撰要


そういえば手塚治虫の『陽だまりの樹』の中で、『西説内科撰要』の名前だけ出てきましたね。

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画像引用元:手塚治虫陽だまりの樹』「裏切り者」の章

増補重訂版 西説内科撰要の何がすごいの?

それまで西洋医学の外科ばかり取り上げられていましたが、内科に目を向けさせたところがこの翻訳書の注目すべき点です。

作者 宇田川玄随、宇田川玄真

蘭学の名門・宇田川家が関わっています。

宇田川玄随(1755-1797)

津山藩医。代々江戸詰の津山藩医で漢方医の家系に生まれました。
漢方を学ぶけれど、蘭学に転じました。桂川甫周、杉田玄白前野良沢に学ぶ。『西説内科撰要』『遠西医方名物考』などの訳述があります。

宇田川玄真(1769-1834)

津山藩医。宇田川玄随、大槻玄沢に学び、一時杉田玄白の田玄白の娘と結婚して養子となりましたが、放蕩が過ぎ、離縁されてしまいました。。その後、宇田川家を継ぎました。稲村三伯の『ハルマ和解』編集に協力したり、『遠西医範』等の訳述を行ったりしていました。

前回ご紹介した『医範提綱内象銅版図』(1805)の作者です。
perie.hatenablog.com

『西説内科撰要』と『増補重訂内科撰要』の違い

宇田川玄随がオランダの医学書を翻訳したものが『西説内科撰要』です。
宇田川家を継いだ宇田川玄真は、藤井方亭の協力を得て宇田川玄随の『西説内科撰要』を補充しました。これが『増補重訂内科撰要』です。
玄随の『西説内科撰要』の訳では病名はオランダ語に漢字をあてルビを付けていた(直訳・音訳・当て字)箇所がありましたが、玄真の『増補重訂内科撰要』では、意味をとった病名に改めたようです(義訳)。例えば、カタカナ書きで留めた「伊倔多(Jigt)」を「痛風」にする等しました。


増補重訂版 西説内科撰要の中身

基本的に文字ばかりです。興味のある方は画像下のリンクへどうぞ

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(画像:内科撰要. 巻1-18 / 我爾徳児 著 ; 宇田川玄随 訳 ; 宇田川玄真 校註 ; 藤井方亭 増訳

購入方法

古書を扱う書店で、6万円で購入できるようです。江戸時代の書物、意外と手に入りやすいですね。

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(画像:【天牛書店】書籍詳細 - 増補重訂 内科撰要(和本) 全6冊揃 [江戸後期 医書・蘭学] )

まとめ

日本で刊行された最初の西洋内科翻訳書『西説内科撰要』の増補版『増補重訂版 西説内科撰要』は、現在でも古書を扱う店舗で購入することができます。現物を眺めるだけで十分な方は、大分県中津市に展示されていますので、ぜひお越しください。