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何か面白いことないかな

大分県中津市で見つけた歴史資料16 『内科秘録(刊)』(1864)

大分県中津市に仮住まいしていました。蘭学関係の古文書が数多く置かれているので「中身はどのようなものか」と気になり、興味本位で調べています。


前回の古書『虎狼痢治準』の紹介で、緒方洪庵が種痘の普及に奔走したエピソードがでてきましたので、今回は天然痘の治療法が記載されている『内科秘録(刊)』(1864)を紹介いたします。

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村上医科資料館所蔵 本間棗軒著『内科秘録(刊)』(1864)


目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書』をみることができる町です。
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『内科秘録(刊)』(1864)について

著者 本間棗軒について

著者の江戸時代の医師、本間棗軒(1804〜1872年)です。日本で初めて下肢切断手術を行った人です。
本間棗軒は、前にも本ブログでご紹介した華岡青洲の優秀な門下生でしたが、出版した本で青洲から教わった秘術を無断で公開したとして、破門されているそうです...。著書『内科秘録』は多岐にわたる内容ですが、本間棗軒は天然痘の予防法「種痘」の普及に努めていたので、種痘の方法についても詳しく解説されています。



写真は著者本間棗軒の肖像画のページです。

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村上医科資料館所蔵 本間棗軒著『内科秘録(刊)』(1864)



天然痘とは?

天然痘は、天然痘ウイルス(Variola virus)を病原体とする感染症の一つです。別名は疱瘡(ほうそう)、痘瘡(とうそう)と呼ばれます。非常に強い感染力を持ち、全身に膿疱ができます。そして致死率が平均で約20%〜50%と非常に高く、治ったとしても痕が残るようです。
その後、天然痘のワクチンができたお陰で、日本では1955年に天然痘は根絶し、世界では1980年にWHOによって天然痘の根絶宣言がされています。天然痘は世界で初めて撲滅に成功した感染症です。

歴史上の様々な人物が、天然痘になっています。

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(画像引用元:●アバタもニキビ?: 【漫画高校生物】マンガでわかる!超・高校生物入門 (旧「萌えろ!高校生物I・II」)

漫画「ベルサイユの薔薇」を見たことがある人はお馴染みの、マリー・アントワネットの義理の祖父ルイ15世も天然痘で最後死にました。最後、悲惨な姿になっていましたね...。

池田理代子 ベルサイユの薔薇
https://stat.ameba.jp/user_images/20161011/22/rakinoburogu/55/e0/j/o0960072013770644957.jpg?caw=800

症状

天然痘の症状は、めまい、激烈な頭痛、高熱、紅斑等で、潜伏期は12日です。
顔や前身に豆のようなボツボツ(膿疱)ができます。ネット上にたくさん天然痘患者の写真はありますが、刺激が強いので......割愛させていただきます。

3〜4日で発疹、顔や手から全身へ、水疱、膿疱
6〜7日で下がった熱が再上昇
8〜9日:乾燥、痂皮(かさぶた)、治癒

予防法(種痘)

天然痘ほど危険ではない「牛痘(牛がかかる天然痘)」にかかった人の膿を、まだ天然痘にかかっていない人にわざと植えつけて、天然痘の抗体を作る方法です。一度抗体ができれば、同じ病気にかからなくなります。


国立感染症研究所のウェブページによると、現在は天然痘が根絶されたので、種痘を行っている国はないそうです。
*1

発案者ジェンナー

英国人医師エドワード・ジェンナー (1749 〜1823年) が1798年天然痘ワクチンを開発しました。
18世紀半ば以降、牛の病気である牛痘にかかった者は天然痘にかからないことがわかっていました。そして、牛痘にかかった人は、あとも残らず軽度で済んでいました。その事実に注目し、研究したそうです。

『内科秘録(刊)』(1864)による種痘方法の説明

『内科秘録(刊)』の14巻目は、まるまる「種痘」の説明がされています。早稲田大学図書館でデジタル公開されているものを覗いてみましょう。

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早稲田大学図書館
内科秘録. 巻之1-14 / 本間救 著


種痘を施す腕に、包帯を巻くようです。

種痘施繃帯(ほうたい)圖(図)

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早稲田大学図書館 内科秘録. 巻之1-14 / 本間救 著


第一図は道具の説明のようです。
牛痘のカサブタが入ったガラス瓶や、包帯、種痘用ナイフ等が図で載せられています。

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早稲田大学図書館 内科秘録. 巻之1-14 / 本間救 著

第二図、第三図は種痘の施し方と、アフターケアの包帯の図のようです。

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早稲田大学図書館 内科秘録. 巻之1-14 / 本間救 著


第四図は種痘を施してから4〜5日後の様子です。

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早稲田大学図書館 内科秘録. 巻之1-14 / 本間救 著


第五図は種痘を施してから6〜7日後の様子です。

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早稲田大学図書館 内科秘録. 巻之1-14 / 本間救 著

第六図は種痘を施してから8〜9日後の様子です。

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早稲田大学図書館 内科秘録. 巻之1-14 / 本間救 著


第七図は種痘を施してから11〜12日後の様子です。

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早稲田大学図書館 内科秘録. 巻之1-14 / 本間救 著

種痘所は東大医学部の前身

江戸の神田お玉が池種痘所ですが、東京大学医学部の前身です。

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(引用元:沿革:東京大学大学院医学系研究科・医学部)

手塚治虫著『陽だまりの樹』の中に、神田お玉が池種痘所について紹介されたページがあります。
神田お玉が池種痘所は、手塚治虫の先祖が設立に関わっています。




(画像引用元:手塚治虫陽だまりの樹」)

やがてお玉が池種痘所が幕府直轄になり改名され、呼び名が「西洋医学所」なりました。

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(画像引用元:手塚治虫陽だまりの樹」)

ドラマ「JIN」の中では、緒方洪庵が西洋医学所の頭取やっていました。



現代の天然痘

天然痘保有

天然痘ウイルスは天然痘根絶後、世界で2箇所、アメリカとロシアの実験室で、少量が冷凍保存されているそうです。

過去にWHOで1999年6月に、バイオテロ抑止等の目的で処分することが合意されたのですが、実行されませんでした。2002年5月にはWHO年次総会で「良いワクチンが開発されるまで延期」が決定し、事実上の無期限延期し、ズルズルと米国内で2011年、「バイオテロへの備え」を理由に、今後5年間は研究開発のためにウイルスを保持し続けることが提唱されたそうです。

要は地球上に、まだ天然痘ウィルスあるようです。


※アメリカはCDC(アメリカ疾病予防管理センター)、ロシアのVECTOR(ロシア国立ウイルス学・バイオテクノロジー研究センター)が天然痘保有しているらしい。

自衛隊がワクチン摂取

日本でも2001年同時多発テロ後に天然痘ワクチンの備蓄が始まり、天然痘ウイルスを使った生物テロに備え、イラクに派遣された数千人の自衛隊員には種痘の集団接種を行ったそうです。*2

展示場所

村上医科資料館に展示されています。

まとめ

大分県中津市の村上医科資料館には『内科秘録(刊)』(1864)があります。天然痘は致死率の高い感染症の一つです。予防接種は種痘で、人に牛痘を植える方法です。開発者はイギリス人医師ジェンナーです。江戸時代の医師、本間棗軒著の『内科秘録(刊)』には種痘の方法が紹介されています。世界では1980年にWHOによって天然痘の根絶宣言がされていますが、アメリカとロシアは未だに天然痘保有しています。国内ではイラクに派遣された自衛隊員も種痘の集団接種を行ったそうです。


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*1:天然痘(痘そう)とは

*2: 山内一也、三瀬勝利「ワクチン学」