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何か面白いことないかな

大分県中津市で見つけた歴史資料⑨『全體新論』(1857)

大分県中津市に仮住まいしていました。蘭学関係の古文書が数多く置かれているので「中身はどのようなものか」と気になり、興味本位で調べています。
来週は中津市で「寺町とうろう祭り」があります。毎年8月9日に寺町周辺のお寺や道路に紙などで作られた灯篭が並びます。お時間の取れる方は、ぜひお越しください。
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(写真:寺町とうろう祭り | 中津耶馬溪観光協会)


それでは今回、個人的に調べた古書は『全體新論』(1857)です。



目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。蘭学が栄えた街なだけあり、『解体新書』初版本が展示されています。

個人的な印象ですが、病院、歯科医院、唐揚げ屋、美容室が多い印象があります。
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『全體新論』って何?

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英国人宣教師・医師ベンジャミン・ホブソンによって書かれた内科医書です。内容は主に生理学です。

『全体新論』は、近代中国にはじめて西洋の解剖生理学を伝えたことで知られています。

一言で表すと中国版『解体新書』といった所でしょうか?
日本では『解体新書』(1774)により西洋解剖学の知識が伝えられましたが、中国では75年以上も遅れて、『全体新論』がその役割を担ったようです。*1

著者ベンジャミン・ホブソン

著者は英国人ベンジャミン・ホブソン(Benjamin Hobson, 1816 - 1873)です。 中国名は「合信」または「霍浦孫」だそうです。ホブソンはロンドン大学医科大学卒業後、1839年から20年間中国で宣教医として医療伝道を行ったそうです。この間、中国に西洋の近代的な医学を伝えるため、「西医五書」(または「ホブソン五書」「合信五種」)とも言われる5種類の医学書を執筆しました。これらの医学書は幕末から明治初期にかけて日本に伝わり、和刻本や和訳本が刊行され、日本医学に影響を与えたそうです。
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「西医五書」(または「ホブソン五書」「合信五種」)は、『全體新論』,『博物新編』,『西医略論』,『婦嬰親説』,『内科新説』があり、これらは互いに他を補い、全体を通じて西洋医学と科学の基礎を学ぶ構成になっています。
今回ご紹介している『全体新論』は、ホブソンの五種医学書のうちで、最初に書かれたものだそうです。*2


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(図:或問 31 No.13,(2007) ポストホブソンの中国文西洋医学書 p32)


過去に紹介したホブソンの書物
perie.hatenablog.com
perie.hatenablog.com
perie.hatenablog.com


当時の中国における人体解剖に関する知識

当時の中国における人体解剖に関する知識は,中国伝統医学独自の流れで受け継がれてきた五臓六腑を中心だったそうです。以下は五臓六腑の図です。こちらの図、見たままの内臓ではなく、 内臓それぞれの機能・働きを描いているようです。従って、全然違う解剖図になってしまってます。

張景岳「類経図翼」
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(図:Kyushu University, Medical Library Collections

教養レベルでの概説的な西洋解剖学

先ほど「中国版『解体新書』といった所でしょうか?」と述べましたが、『解体新書』は非常に専門レベルでの解剖学習得でしたが、『全體新論』は教養レベルでの概説的な西洋解剖学だったようです。
『全体新論』での意図は、近代中国に西洋の人体解剖学のおおよそを伝えることで、西洋医学の最も基礎である解剖学の土壌を開拓し、西洋学問の気風を近代中国に根付かせようとしたようです。従って『全体新論』は教養レベルのもので、中国伝統の医家の実際的な医術向上に対する意図は薄かったようです。
『解体新書』と同様の基礎医学構築の専門レベルの西洋解剖学が最初に中国にもたらされるのは、1881年オスグッドによる人体解剖学の専門書『全体闡微』(1881)になってからだったそうです*3











中身はどんな感じ?

二冊からなっています。全書三十九論、人体略論を始め、骨、筋肉、脳、眼、耳鼻、内臓、血管、神経、泌尿、産婦、新生児を論じています。人骨、五官、内臓等の図を付録しています。

目次

序/
全体新論例言/全体新論目録
第一身体略論、第二全身骨体論、第三面骨論、第四脊骨脇骨等論、第五手骨論、第六尻骨盤及足骨論、第七肌肉功用論、第八脳為全体之主論、第九眼官部位論、第十眼官妙用論、第十一耳官妙用論、第十二手鼻口官論、第十三臓腑功用論、第十四胃経、第十五小腸経、第十六大腸経、第十七肝経、第十八胆論、第十九甜肉経、第二十脾経、第二十一心経、第二十二血脈管廻血管論、第二十三血脈運行論、第二十四血論、第二十五肺経、第二十六肺経呼吸論、第二十七人身真火論、第二十八内腎経、第二十九膀胱論、第三十溺論、第三十一全体脂液論、第三十二外腎論、第三十三陽精論、第三十四陰経、第三十五胎論、第三十六胎盤論、第三十七乳論、第三十八月水論、第三十九霊魂妙用論



ちなみに巻末の「第三十九霊魂妙用論」では、ホブソンの宣教師としての勤めを果たすべく、キリスト教の教えを紹介しているようです。


『全體新論』の中はどんな感じ?

それでは中身を覗いてみましょう。挿絵が多く、眺めるだけでも楽しい感じがいたします。

『全體新論』
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(写真:http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ya09/ya09_00289/ya09_00289_0001/ya09_00289_0001.html


こちらは嬰孩(えいがい)の骸骨の図ですが、現代でもこのようなチビキャラ居そうですね。
※嬰孩...赤ん坊、ちのみご のこと

『全體新論』
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(写真:http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ya09/ya09_00289/ya09_00289_0001/ya09_00289_0001.html






歯科についても高度な記述があり、解剖図もすぐれているそうです。例えば乳歯と永久歯の交換する過程を示す透視図は解剖学的に正確に図示されています。永久歯の歯数も32本とするなど、それまでの日本の医書には全くなかった新しい知識が掲載されているそうです。*4

『全體新論』 歯について書かれている図
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(写真:全体新論. 乾,坤 / 合信 著 ; 陳修堂 撰




漫画「進撃の巨人」に出てくる超大型巨人の歯の多さ、前々から気になっていましたが...やはり普通の人間と比較して、歯の数は多いようです。

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漫画「進撃の巨人




この辺りの図は、漫画「進撃の巨人」に出てくる超大型巨人の筋肉を連想させられます。

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(写真:全体新論. 乾,坤 / 合信 著 ; 陳修堂 撰

所蔵場所は?

https://www.instagram.com/p/5hX5_2IcIR/

村上医科資料館に置かれています。


まとめ

英国人医師・宣教師ホブソンが編纂した『全体新論』は、近代中国にはじめて西洋の解剖生理学を伝えたことで知られています。日本では『解体新書』(1774)により西洋解剖学の知識が伝えられましたが、中国では75年以上も遅れて『全体新論』がその役割を担ったようです。そして『全体新論』は教養レベルでの概説的な西洋解剖学だったようです。



*1:幕末明治初期に渡来した自然神学的自然観 一 ホブソン『博物新編 』 を中心に 一 八耳俊文

*2:或問 31 No.13,(2007) ポストホブソンの中国文西洋医学書 p32

*3:日本医史学雑誌 第 55 巻第 4 号(2009) 463–497 『全体新論』に掲載される解剖図の出典について 松本秀士 坂井建雄

*4:全體新論 | 長崎県歯科医師会「8020ながさき」