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何か面白いことないかな

静岡に話聞きにいった。


ダムマニアや、戦争遺跡、団地ブーム。これらになぜ気持ちが向かいたくなるようになるのか?という話を生涯学習センターのK先生からお聞きしてきた。以下メモしたもの。

1.リアリティ
リアリティを求めようとするからだと言われる。例えば戦争体験が今までどのように変わってきたか。戦争体験というものは

  • 人の話を聞く
  • 体験記

これらを元に直接的な戦争体験を聞くことによって、人々は戦争がどのようなものだったかというリアリティを感じることができる。しかし、時が経つにつれて段々戦争体験を語ることのできる人が少なくなる。そのような場合、リアリティを補うものとして

  • 映像
  • PC

などと物でリアリティを補おうとする。


2.異文化化
自分の文化とは違うものとして捕らえること。自文化/異文化という概念を持ってしまう。本来は同じ文化なのに違う文化として捕らえてしまうことは大変恐ろしいこと。廃墟、団地などに魅力を感じるのはその人が廃墟や団地を異文化化したからだと考えることができる。

団地マニアなどは昭和30年代後半の奇異な目で団地を見ている。団地に住んでいる人間としてはすごく不快なことである。これは文化の軋轢を生じさせる。怖いのは無自覚のままこのような目で見る姿勢を正当化してしまう人達が出てくるのでは?ということ。


3.歴史の連続性、断絶性
例えば廃墟になった鉱山跡地。鉱山は閉鎖されてから資源としての役目は終わったのだが、鉱山が栄えていた時代があるからこそ、今の時代がある。このようにずっと続いてきたようなことを歴史の連続性として捉える。しかし人は鉱山があったからこそ今の生活があるとは思わず、自分が生活を始めた現時点をスタート地点として捉えてしまうことがある。これまでの歴史が断絶してその人にとって新しくゼロから始まっているのだ。例えば多摩ニュータウン。多摩ニュータウン開発以前から住んでいる住民が大変多かった。でも開発後に今現在に住み始めた人は開発前のことなど知ることがなく、自分たちがその場所に最初暮らし始めた人だと思い込んでしまう。これは歴史の断絶性である。


博物館の展示:論争的主題になるものはあまり展示したくないらしい。例えば戦争・開発・環境。論争の的になってしまうから。そのような展示を行う場合、行政から圧力がかかってくるらしい。これは学芸員の方が痛いほどわかっているらしい。展示する際には+の面、−の面両方を見てあげないといけない。それで最近昭和30年代の懐かしい思い出をテーマにしたものが出てきているけど、負の面を見ていない。例えば食品添加物のチクロが使われていたとか、今よりもずっとずっと少年犯罪が多い時代だったという側面。大人の弱いところは昔を脱色して思い出してしまう傾向があり、ノスタルジーに浸ってしまう。浸っていれば気持ちがいいため、悪い面を思い出そうとしない。ノスタルジーは二つのギリシャ語(「nostos」:帰郷、および「algos」:心の痛み)を基にして造った合成語らしく、語源は病気のことだとか。