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何か面白いことないかな

ハビのレシピ スペイン料理②ジャガイモのトルティーヤ(La tortilla de patata)

今年は日本スペイン外交関係樹立150周年ですし、暫くのあいだ料理を始めとするスペイン文化を紹介しようと思います。

今日はジャガイモのトルティーヤ(La tortilla de patata)を紹介します。スペイン風オムレツです。



目次

「ハビのレシピ」について

スペイン南部アンダルシア地方、セビリア在住の料理好きなハビ(Javi)から教えてもらった料理や文化を紹介していきます。

ハビは現在、大学で日本語を勉強している学生です。ハビの家族は料理好きな一族に生まれました。祖母、姉はシェフとしてレストランで働いました。叔父もシェフではないものの、料理をよく作るそうです。
両親が共働きなので、幼少期は祖父母に面倒見られ、10歳ごろから簡単な料理を教わり作り始めたそうです。今では様々な料理を作るようになり、共働きの両親の代わりに毎日家族の食事を作っています。



セビリア(Sevilla)ってどこ?

スペイン南部のアンダルシア地方で、第4の都市です。
フラメンコ発祥の地として名高い街だからか、モーツアルトのオペラ『フィガロの結婚』『セビリアの理髪師』『ドン・ジョバンニドン・ファン)』やビゼーの『カルメン』の舞台になっています。
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セビリアの町はイスラム教文化とキリスト教文化が融合した建物が多いそうです。
8世紀よりイスラム勢力の支配下に入り、以後500年以上イスラム文化が栄えました。13世紀にはキリスト教イスラム勢力を追いやりましたが、その影響からかイスラムの雰囲気が漂う建物が多く見られます。
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(写真:スペイン広場 セビリア旅行・ツアー|スペイン|海外旅行のSTW




ジャガイモのトルティーヤ(La tortilla de patata)について

スペインで全般的によく食べられているオムレツです。
中にジャガイモが入っており、ケーキのように丸くて厚みのある形をしています。

材料

Javiに教えてもらった材料を紹介します。

  • ジャガイモ 2〜3個
  • 卵2個
  • オリーブ油 少々

今回紹介するのはジャガイモのトルティーヤですが、その他に野菜やハム等の好きな具材を入れても大丈夫です。

作り方

  1. ジャガイモの皮を剥き、サイコロ状に切る
  2. ジャガイモの中まで火が通るまで油で炒める(もしくは茹でる、レンジにかける)
  3. ボウルの中に卵を入れ、先ほどの調理されたジャガイモを加える
  4. ボウルの中をかき混ぜて、油をしいて火にかけたフライパンに入れる
  5. 底面の卵が固まってきたら、一度皿に出してひっくり返す


ひっくり返す部分が難しく、コツがあります。
フライパンより少し大きな平らな皿を用意し、フライパンに皿をかぶせ、さかさまにして皿に一度オムレツを出します。そして皿の上のオムレツをフライパンにずらしながら入れてます。
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(写真:Flipping Out for the Perfect Spanish Tortilla (Tortilla Española) | Serious Eats)

まとめ

スペイン全般的に食べられるスペイン風のオムレツの「トルティーヤ(Tortilla)」は定番料理です。卵とジャガイモがあれば作れる簡単な料理なので、ぜひお試しください。


余談ですが....先日ハビの父が大量の卵を農家の知人から貰ったので、卵18個分を使用して、ジャガイモ、ピーマン、玉ねぎ、ハムを入れたトルティーヤを作ったそうです。

重量2kg近くなのだとか....

ハビのレシピ スペイン料理①プッチェーロ(Puchero)

今年は日本スペイン外交関係樹立150周年ですし、暫くのあいだ料理を始めとするスペイン文化を紹介しようと思います。

今日はプッチェーロ(Puchero)を紹介します。



目次

「ハビのレシピ」について

スペイン南部アンダルシア地方、セビリア在住の料理好きなハビ(Javi)から教えてもらった料理や文化を紹介していきます。

ハビは現在、大学で日本語を勉強している学生です。ハビの家族は料理好きな一族に生まれました。祖母、姉はシェフとしてレストランで働いました。叔父もシェフではないものの、料理をよく作るそうです。
両親が共働きなので、幼少期は祖父母に面倒見られ、10歳ごろから簡単な料理を教わり作り始めたそうです。今では様々な料理を作るようになり、共働きの両親の代わりに毎日家族の食事を作っています。



セビリア(Sevilla)ってどこ?

スペイン南部のアンダルシア地方で、第4の都市です。
フラメンコ発祥の地として名高い街だからか、モーツアルトのオペラ『フィガロの結婚』『セビリアの理髪師』『ドン・ジョバンニドン・ファン)』やビゼーの『カルメン』の舞台になっています。
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セビリアの町はイスラム教文化とキリスト教文化が融合した建物が多いそうです。
8世紀よりイスラム勢力の支配下に入り、以後500年以上イスラム文化が栄えました。13世紀にはキリスト教イスラム勢力を追いやりましたが、その影響からかイスラムの雰囲気が漂う建物が多く見られます。
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(写真:スペイン広場 セビリア旅行・ツアー|スペイン|海外旅行のSTW




プッチェーロ(Puchero)について

典型的なアンダルシア地方のスープです。体を温めるため、冬に頻繁に出されるそうです。「Puchero」はシチュー鍋の意味を持ちます。


材料

具材は特に決まっていないようですが、Javiに教えてもらった材料を紹介します。

  • ニンジン 2本
  • ジャガイモ1個
  • 玉ねぎ 1個
  • 骨つき鶏肉 1本
  • パスタ麺
  • 塩 少々
  • オリーブ油 少々
  • 生ハム、ゆで卵、ミント 好みで添える

その他、ひよこ豆、leek(ネギに似た野菜)、セロリ等の好きな具材を入れても大丈夫です。


作り方

  1. ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ等の野菜を切る
  2. 大きめの鍋に先ほどの野菜、骨つき鶏肉を入れ、水を入れる
  3. 塩とオリーブ油を少々加え、鶏肉や野菜に火が通ってスープが白くなるまで、1時間ほど煮込む
  4. 1時間ほど経過したあたりで具材が煮えていたら、パスタ麺を入れ、やわらかくなるまで煮る
  5. 皿に盛りつけた後、お好みでハムやゆで卵、ミントを添える

セビリアではよく料理に卵、ハムを添えるそうです)
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(写真:Spanish soup (Puchero Andaluz). ~ Food Images ~ Creative Market


スープを多めに作り、お米を入れて煮込んで食べる時もあるそうです。

まとめ

スペイン南部アンダルシア地方で飲まれるスープ「プッチェーロ(Puchero)」は、冬の定番料理です。肉と野菜を煮込む簡単な料理なので、ぜひお試しください。

ハビのレシピ はじめに

新シリーズ「ハビのレシピ」です。

今年の頭ごろからスペインの第4の都市セビリア近くに住むハビ(Javi)と友達になりました。大学で日本語を勉強しているそうです。
http://www.worldeasyguides.com/wp-content/uploads/2012/08/Seville-on-Map-of-Spain.jpg


ハビの祖母、姉はシェフとしてレストランで働いており、ハビ自身も料理が好きで共働きの両親に毎日ご飯を作って用意しているようです。
両親が共働きなので、幼少期は祖父母に面倒見られ、10歳ごろから簡単な料理を教わり作りはじめたようです。今では様々な料理を作るようになりました。

以下はハビが最近作った料理です。

海鮮パエリア


リゾット?

Arroz con pollo y verduras

パスタ

サルモレッホ(Salmorejo)
フルーツケーキ

チーズケーキ

今年は日本スペイン外交関係樹立150周年ですし、時々ハビがスペイン料理を教えてくれるので、スペインの話を交えながらレシピを紹介しようと思います。

大分県中津市で見つけた歴史資料館 川嶌整形外科病院メモリアルミュージアム

本日で8月も終わりですね。

昨年より大分県中津市の古文書の紹介をしてきました。
そろそろ辞め時だと感じましたので、本日で終えようと思います。


個人病院をここで紹介していいものか悩んだのですが....古文書を収集・展示しているので一応紹介させていただきます。

今回は大分県中津市の川嶌整形外科病院 メモリアルミュージアムについて紹介いたします。

目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。
江戸時代末期には蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書(初版本)』が展示されている町です。
今は「中津からあげ」と鱧が有名な街です。

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(画像引用元:中津市へのアクセス | 大分県中津市



『解体新書(1774年)』の翻訳者、前野良沢の所属が豊前国中津藩(現在の大分県中津市)なので、そのゆかりで『解体新書(初版本)』が中津市に展示されています。


大分空港から車で1時間半ほどの場所です。


川嶌整形外科病院ミュージアムとは?

大分県中津市の個人病院内にある、小さなミュージアム部屋です。

現在の理事長にあたる整形外科のおじいさん先生が収集家なのですが、若かりし頃恩師に「中津出身なんだから、中津史について研究しろ」と言われて研究・関連資料の収集を始めたそうです。

展示室で働く解説の上手な男性が、展示品について色々と解説してくれます。話しかけてみると良いかもしれません。

主な展示物

前野良沢 肖像(レプリカ)

幾つかある前野良沢肖像画の中で「最も本人に似ているのでは?」と言われる図だそうです。普段はレプリカが展示されていますが、何かしらの展示イベントが行われる際は本物が出てきます。

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(図:川島整形外科病院所蔵 前野良沢 肖像)

上の写真は切り出しているので大きいですが、実物は小さいです。掛け軸に3人描かれており、そのうちの1人が前野良沢です。

写真は...撮影禁止だった気がするのでミュージアムで実物をご覧ください。

福澤諭吉書:福澤諭吉家族分

濃尾地震明治24年)が起きたので、当時の新聞(時事新報)に、義援募集の際に書を記したものを、掛け軸にしているようです。

※濃尾地震...岐阜、愛知を中心に発生した大地震
※時事新報...かつて存在した二本の日刊新聞


写真は...撮影禁止だった気がするのでミュージアムで実物をご覧ください。

中津藩のお殿さま奥平昌高の書

中津藩のお殿さま奥平昌高の書です。シーボルトと親しく交流しました。


写真は...撮影禁止だった気がするのでミュージアムで実物をご覧ください。

その他医学書

『朱雀経験養生辦(1851)』、田代基徳の『切断要法』等や、その養子の田代義徳の『外科手術篇』『外科各論』『新訂 外科各論』、その他医学書が展示されています。
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その他

川嶌整形外科病院の理事長の研究に関する品や、趣味の笛が展示されています。

川嶌整形外科病院メモリアルミュージアムの場所

かわしま介護ケアセンター 1階正面玄関より入って左側です。

開館時間 月〜金曜日:9:30~17:00、土曜日:土曜 9:30~12:00
※入場は閉館30分までにお願い致します。

入場無料

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(画像引用元:2014年08月15日毎日新聞 ミュージアム誕生

まとめ

大分県中津市の川嶌整形外科病院メモリアルミュージアムには、福澤諭吉書、中津藩のお殿さま奥平昌高の書、その他医学書が展示されています。
興味のある方は、ぜひ中津市にもお立ち寄りください。




大分県中津市に1年ほど仮住まいしていました。蘭学関係の古文書が数多く置かれているので「中身はどのようなものか」と気になり、興味本位で調べています。関係者ではありません。

中津を離れて1年が過ぎ、最新の情報が追えないので本日で中津に展示される古文書の紹介を終え、次の趣味を始めようと思います。

一年近くもの間ありがとうございました。

大分県中津市で見つけた歴史資料館 村上医家史料館

昨年より大分県中津市の古文書の紹介をしてきました。
そろそろ辞め時だと感じましたので、今月いっぱいで終えようと思います。

今回は大分県中津市の村上医家史料館について紹介いたします。

目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。
江戸時代末期には蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書(初版本)』が展示されている町です。
今は「中津からあげ」と鱧が有名な街です。

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(画像引用元:中津市へのアクセス | 大分県中津市



『解体新書(1774年)』の翻訳者、前野良沢の所属が豊前国中津藩(現在の大分県中津市)なので、そのゆかりで『解体新書(初版本)』が中津市に展示されています。


大分空港から車で1時間半ほどの場所です。

村上医家史料館とは?

村上医家は、初代宗伯が寛永17年(1640)諸町に医院を開業以来、現在に至るまで医家として継続し、数千点におよぶ医学関係やその他の資料が残されています。
https://www.instagram.com/p/5hX5_2IcIR/

1640年から現在まで続く村上医家の所蔵品とその建物を元に、村上医家の史料及び人体解剖に至るまでの医学の流れを中心に3000点の医学史料*1が展示されています。

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(写真引用元:日田中津往還路 伍 | スポともGC通信

この村上家について、主に3名が取り上げられることが多くなっています。

  • 初代:村上宗伯
  • 7代目:村上玄水 1819(文政2)年に九州で初めて人体解剖を行った人です。
  • 9代目:村上田長 明治9年に、大分県最初の本格的新聞「田舎新聞」を創設したり、大分中学校(後の上野丘高校)校長や玖珠郡長(大分県豊後国の郡)を務めたり、様々なことをした人です。

主な展示物

『人身連骨眞形図 』1741(寛保1)年

日本で最初の人骨図です。
根来東叔(ねごろとうしゅく)が1732年に火刑にされた2人の男性の遺骨を研究し、写生しました。

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村上医家資料館展示品『人身連骨眞形図之右』(1741)
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村上医家資料館展示品『人身連骨眞形図之左』(1741)

前野良沢の書 1805年頃

『解体新書(1774年)』の翻訳者の前野良沢の晩年、70歳近くの時に書かれた書物です。
書かれている字の通り「長寿」だったようです。

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村上医家資料館展示品 前野良沢の書

蘭語訳撰(複製)』1810年

日本初のオランダ語-日本語辞書です。
日本初の和蘭辞典です。オランダ語の単語、7072語収録されているそうです。中津のお殿様 奥平昌高が作者です。
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「『解体新書(1744)』を作るときに辞書が無くて大変だった」と前野良沢(1723〜1803)の苦労話を耳にしていたようで、辞書を作りました。
本物は中津市図書館が管理していますが、イベントがあれば展示されるようです。

高野長英が隠れた蔵

長崎シーボルト事件で逃走中の高野長英が、この村上医家史料館に潜伏したそうです。
この蔵の中に、蘭学関係を始めとする様々な古文書が展示されています。緒方洪庵の「虎狼痢治準(ころりちじゅん)」や中津藩出身の外科医・軍医、田代基徳の資料があります。
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うろ覚えなのですが施設の職員さん曰く、高野長英大分県日田市や、山口県上関等に逃亡したと言われているそうです。


その他

中津市内の耶馬渓(やばけい)が日本遺産に認定され他ので、玖珠郡長となって耶馬渓道路を開鑿した村上家田長の旧宅として関係資料も展示されています。
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(写真:大分県最初の本格的新聞「田舎新聞」)

明治の診療の値段表です。
一等の診療に難産手術が入っているようです。
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古い薬瓶が並べられています。よくよく探すと武田長兵衛商店(現:武田薬品工業)等の有名製薬会社の薬瓶が見られます。
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磨積圓(ましゃくえん)
3代目玄水が創薬し、江戸〜昭和まで使われていた村上家の家伝薬です。この薬を服用したことがあるご近所の年配者曰く、苦い味だったそうです。
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その他、薬箱、らんびき等が展示されています。

村上医家資料館の場所

村上医家史料館:〒871-0049大分県中津市諸町1780
TEL 0979-23-5120
◆開館:9:00~17:00(入場は16:30まで)
◆休館:火曜日(祝日の場合は翌日)
◆観覧料:一般210円、大学・高校生100円
       中学生以下は無料
 (2館共通観覧券あり:一般300円、大学・高校生150円)


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村上医家資料館・大江医家資料館 共通パンフレット


まとめ

大分県中津市の村上医家史料館は、中津で古くから続く村上家の旧宅を利用して開館した史料館です。
初代・村上宗伯が寛永17年(1640)に諸町に医院を開業して以来、現在まで続く医家です。
『人身連骨眞形図 』や前野良沢の書、高野長英が隠れた蔵、緒方洪庵の「虎狼痢治準(ころりちじゅん)」や中津藩出身の外科医・軍医、田代基徳の資料等、様々な医学に関連する歴史資料が展示されています。
中津市を観光される際は、ぜひお立ち寄りください。


町歩きの地図

中津駅にパンフレット「まちあるきのすすめ」が置かれていました。
参考にしていただけたらと思います。


観光される方は「るるぶ」もあります。

2016 るるぶ特別編 中津・耶馬渓
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(出典:2017るるぶ特別編集中津・耶馬渓が完成! | 大分県中津市


大分県中津市に1年ほど仮住まいしていました。蘭学関係の古文書が数多く置かれているので「中身はどのようなものか」と気になり、興味本位で調べています。関係者ではありません。

関連書物

シーボルト事件と高野長英が出てきます

風雲児たち (14) (SPコミックス)

風雲児たち (14) (SPコミックス)

大分県中津市で見つけた歴史資料館 大江医家史料館

昨年より大分県中津市の古文書の紹介をしてきました。
そろそろ辞め時だと感じましたので、今月いっぱいで終えようと思います。



今回は大分県中津市の大江医家史料館について紹介いたします。

目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。
江戸時代末期には蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書(初版本)』が展示されている町です。
今は「中津からあげ」と鱧が有名な街です。

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(画像引用元:中津市へのアクセス | 大分県中津市



『解体新書(1774年)』の翻訳者、前野良沢の所属が豊前国中津藩(現在の大分県中津市)なので、そのゆかりで『解体新書(初版本)』が中津市に展示されています。


大分空港から車で1時間半ほどの場所です。

大江医家史料館について

大江医家史料館は、中津藩主の御典医であった大江家の旧宅を利用して開館した史料館です。
大江家は初代・大江玄仙以来、代々御典医を勤めた家柄です。
第5代の大江雲澤は、自宅敷地内に薬草園を造り、そこで育てた薬草を用いて薬湯療法を行いました。それにちなんで史料館には薬草園を設置しており、年中珍しい薬草を見ることができます。

史料館には、有名な「解体新書」や「重訂解体新書」の他、平成15年3月に寄贈された長崎のオランダ通司によって翻訳された解剖書の図版「和蘭全躯内外分合図(オランダぜんくないがいぶんごうず)」(1682年頃完成、1772年刊行)、そして世界初の全身麻酔による乳がんの摘出手術に成功した華岡青洲の医学資料、種痘の治療で活躍した中津藩の医師辛島正庵の資料、近代では心臓拍動の謎を解明した田原淳博士などの資料も展示しています。
*1



5代 大江雲澤(1822年 - 1899年)
この資料館は主に第5代の大江雲澤を紹介しています。
大江雲澤は世界で最初はに全身麻酔で乳癌手術を行った華岡青洲の大阪分塾の門人です。明治4年(1871年)に中津医学校の初代校長になりました。

大江雲澤は華岡青洲の弟の良平が塾長を務める華岡医塾の大坂分塾(合水堂)に1841年(天保12年)の春から入門し、華岡流の外科学を学んで*2いました。その由来から、様々な華岡青洲に関連する資料が展示されています。

当時、中津藩から華岡医塾大坂分塾に5名の医師が派遣されて学んでいたそうです。*3



手塚治虫陽だまりの樹」に大阪で華岡塾の生徒と、緒方洪庵適塾の生徒がぶつかる様子が描かれているシーンがありました。

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(画像引用元:手塚治虫陽だまりの樹」 除痘館の章)

華岡青洲の学生、非常にチャラいですね...!
余談ですが、適塾には1855年安政2年) 福澤諭吉が入門しています。



大江雲澤は医訓を残しています。
「医は仁ならざるの術、務めて仁をなさんと欲す」
権威ある医師が書いた文献であっても、その通りに医術を行ったところ、ひどいことになった。医は仁術とだけは行って折れないで不仁になることもある。仁術たらしめるには、よくよく勉強をして、先輩の意見も聞き、経験を積んで、常に謙虚に努力してを重ねなければならない....の意味だそうです。
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時々、中津を始めとする近隣の医療関係者がこの医訓を紹介しているのを見ます。

主な展示物

『解体新書(初版本)』(1744) と『重訂 解体新書』(1824)

『解体新書(初版本)』(1744)
前野良沢杉田玄白らによる解剖学書『解体新書(初版本)』です。
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大分県中津市に展示されている『解体新書』初版本)

『重訂 解体新書』(1824)
解剖学書『解体新書』を大槻玄沢が訳し直した書です。
ちなみに「玄沢」は玄白と良沢から一文字ずつもらった通り名です。
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舎密開宗 (せいみかいそう)』(1837)

日本で最初の体系的な化学入門書です。
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華岡青洲関連資料

華岡青洲所診画帳
世界初の全身麻酔による手術(乳癌手術)を成功させた華岡青洲の乳癌手術図の写本です。
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華岡青洲画像
大江雲澤は免許皆伝代わりに、この華岡青洲画像を譲り受けたそうです。
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薬草園(華岡青洲関連の薬草「マンダラゲ」)

マンダラゲ(朝鮮朝顔)が栽培されています。

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大江医家資料館 薬草園 マンダラゲ

田原淳関連の資料(1906)

田原淳は心臓内を伝わる、電気の道筋(刺激伝導系)を見つけた人の資料です。
この発見前まで心電図は使い道のない道具だったらしく、心電図が描き出す曲線を見て、心臓のどこが悪いのか診断できなかったようです。


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田原淳資料

『哺乳動物の心臓における刺激伝導系統』の校正刷り(1906)
題名”Das Reitzleitungssystem des Saugetierherzens”
田原がドイツ留学時代に書き上げた論文です。
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種痘関連資料(中津の地元史)

「痘瘡唇舌鑑図」
舌や唇を見て天然痘かどうかを診断するのですが、黒っぽい色になるほど、末期症状のようです。

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「痘瘡唇舌鑑図」他

江戸時代の医療においても唇と舌の状態を見るのは重要とされているようです。


『池田家秘書痘疹戒草(写本)』(1840)

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『池田家秘書痘疹戒草(写本)』(1840)

大江風呂(中津の地元史)

「大江風呂」とは中津市内にかつて存在した、漢方主体の薬草療法を行っていた公衆浴場です。
大江雲澤が、自宅の薬草園で育てた薬草などをこの大江風呂に使ったそうです。

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大江医家資料館 大江風呂看板キャプション





大江医家資料館の場所

大江医家史料館:〒871-0066大分県中津市鷹匠町906
TEL 0979-22-0049
◆開館:9:00~17:00(入場は16:30まで)
◆休館:火曜日(祝日の場合は翌日)
◆観覧料:一般210円、大学・高校生100円
       中学生以下は無料
 (2館共通観覧券あり:一般300円、大学・高校生150円)
薬草園のみは無料

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村上医家資料館・大江医家資料館 共通パンフレット

大江雲澤の曾孫の、大江満さんが大江医家史料館をサポートする私的なHPを運営されています。

大江医家史料館

改築前の、土壁時代の大江医家資料館の写真等も載せられていて興味深いです。

まとめ

大分県中津市の大江医家資料館は、中津藩主の御典医であった大江家の旧宅を利用して開館した史料館です。
『解体新書』や『重訂解体新書』、『舎密開宗』等、様々な医学に関連する歴史資料が展示されています。
中津市を観光される際は、ぜひお立ち寄りください。


町歩きの地図

中津駅にパンフレット「まちあるきのすすめ」が置かれていました。
参考にしていただけたらと思います。


観光される方は「るるぶ」もあります。

2016 るるぶ特別編 中津・耶馬渓
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(出典:2017るるぶ特別編集中津・耶馬渓が完成! | 大分県中津市


大分県中津市に1年ほど仮住まいしていました。蘭学関係の古文書が数多く置かれているので「中身はどのようなものか」と気になり、興味本位で調べています。関係者ではありません。

*1:大江医家史料館 | 大分県中津市

*2:水滴は岩をも穿つ 川嶌眞人 p138

*3:水滴は岩をも穿つ 川嶌眞人 p70

大分県中津市で見つけた歴史資料館 小幡記念図書館

昨年より大分県中津市の古文書の紹介をしてきました。
そろそろ辞め時だと感じましたので、今月いっぱいで終えようと思います。



今回は大分県中津市の図書館について紹介いたします。

目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。
江戸時代末期には蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書(初版本)』が展示されている町です。
今は「中津からあげ」と鱧が有名な街です。

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(画像引用元:中津市へのアクセス | 大分県中津市



『解体新書(1774年)』の翻訳者、前野良沢の所属が豊前国中津藩(現在の大分県中津市)なので、そのゆかりで『解体新書(初版本)』が中津市に展示されています。


大分空港から車で1時間半ほどの場所です。


小幡記念図書館について

建物、名前、歴史について

小幡記念図書館は、中津城の近くにある図書館です。
大分県中津市出身の小幡篤次郎の遺言によって誕生した図書館なので「小幡記念図書館」と名前がついています。
明治42年(1909年)に開館し、100年以上の歴史がある図書館だそうです。現在の図書館は、平成5年に新しく建てかえられた建物で、「公共建築百選」建設大臣賞も受賞したそうです。
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今の図書館の場所は、江戸時代に遡ると中津(奥平)藩校の進脩館だったようです。
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図書館の歴史
小幡篤次郎の遺言によって、生誕地である殿町(現在の歴史民俗資料館)の340 坪の土地と家屋・蔵書が寄贈され、「中津図書館」として明治42 年(1909 年)に開館したことに始まります。
*1


明治42年(1909年)小幡篤次郎の遺志によって「中津図書館」が誕生しました。
明治45年(1912年)に「小幡記念図書館」に改称しました。
昭和22年(1947年)には中津市に寄付され、「中津市立小幡記念図書館」になりました。
平成5年(1993年)に現在の場所に新築移転し、平成17年(2005年)の市町村合併を経て三光・本耶馬渓耶馬溪・山国の図書館4館を加えた中津市立図書館がスタートしました。*2

小幡篤次郎って誰?

小幡篤次郎は中津藩の武士の家に生まれ、福沢諭吉の右腕となり、慶応義塾の塾長も務めた人物です。有名な『学問のすすめ』を福沢諭吉とともに著しています。
郷中津の学問の推進発展につとめ、没後はその遺志により自宅と蔵書の半分が寄贈され(もう半分は慶應義塾大学へ寄贈)、小幡記念図書館が設立されました。この時の蔵書は小幡文庫と呼ばれています。




余談ですが、東京の慶應義塾大学三田キャンパスの食堂・ラウンジ「社中交歡 萬來舍(しゃちゅうこうかん ばんらいしゃ)」に、小幡篤次郎の「萬來舎之記」が額に入って飾られています。
※食堂・ラウンジ社中交歡 萬來舍.....慶應義塾大学の教員・卒業生もしくはその同伴者が入ることができる食堂・ラウンジ
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小幡文庫

先に記載した通り、蔵書の半分が寄贈されましたが、2009年の特別展で展示されたそうです。
以下は数年前に特別展が開かれた際の写真です。どのようなタイトルかは判別できません。

以下は特別展の様子です。
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2009年に行われた100周年記念特別展のチラシです。
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展示物

展示コーナーに小幡篤次郎関連の古書が展示されています。
福澤諭吉も発刊に携わった古書『洋兵明鑑』も展示されています。

『傭兵名鑑』:この本の翻訳出版によって、慶應義塾大学の校舎建設費用を賄いました
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ウェーランドの『英氏経済論』:上野戦争の緊張の最中、慶應義塾大学で講義が執り行われた際に論じられていた教材です。その時のことは今も誇りとしているようです
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『天変地異』
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『博物新編補遺』
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『弥児氏宗教三論(草稿)』ジョン・スチュアート・ミルの翻訳本です。
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私が中津に住んでいた当時、試しに借りてみました。墨の臭いがいたしました。
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近隣の建物

中津市立南部小学校(中津市学校)

『学問のすゝめ』が出来たきっかけになった学校の跡地です。
中津市学校は、福澤諭吉の意見で中津藩主 奥平昌邁が家禄の1/5を拠出し、英語を中心に教えていました。当時、九州には長崎の他に英書を教えるところはなく、慶應義塾の分校ともいわれていました。中津市学校は当時の最先端であり、西日本一の英語学校(慶應義塾の姉妹校)だったそうです。
この中津市学校の教材として『学問のすゝめ』を作ったようです。


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中津市学校(現南部小学校)の校門「生田門」)


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(生田門近くの看板)
 

中津市歴史資料館

小幡篤次郎の生家です。この場所から図書館が始まったそうです。



小幡記念図書館の場所

開館時間 午前9時00分
閉館時間 午後7時00分

休館日は公式ページよりご確認ください
中津市立図書館



まとめ

大分県中津市の小幡記念図書館は、中津城の近くにある図書館です。
大分県中津市出身の小幡篤次郎の遺言によって誕生した図書館なので、「小幡記念図書館」と名前がついています。小幡篤次郎は『学問のすすめ』を福沢諭吉とともに著した人です。図書館に小幡篤次郎の古文書学が幾つか展示されていますので、お時間のある方はどうぞお立ち寄り下さい。



大分県中津市に仮住まいしていました。蘭学関係の古文書が数多く置かれているので「中身はどのようなものか」と気になり、興味本位で調べています。関係者ではありません。

*1:中津市立小幡記念図書館

*2:中津市立小幡記念図書館「図書館だより 2018年 8月号」

大分県中津市で見つけた歴史資料28『舎密開宗 (せいみかいそう)』(1837)

今回は江戸時代末期に、日本で最初の体系的な化学入門書『舎密開宗』を紹介しようと思います。



目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。
江戸時代末期には蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書(初版本)』が展示されている町です。
今は「中津からあげ」と鱧が有名な街です。

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(画像引用元:中津市へのアクセス | 大分県中津市



『解体新書(1774年)』の翻訳者、前野良沢の所属が豊前国中津藩(現在の大分県中津市)なので、そのゆかりで『解体新書(初版本)』が中津市に展示されています。


大分空港から車で1時間半ほどの場所です。

舎密開宗 (せいみかいそう)』について

舎密開宗 』(1837)って何?

国内初の体系化学入門書です。
イギリス人科学者ウィリアム・ヘンリー著のドイツ語訳をさらにオランダ語訳されたテキストをもとに書かれました大著です。
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「舎密」とはラテン語系のオランダ語「セーミ(Chemie)」に当て字をしたもので、セーミとは英語でいうケミストリー、つまり化学のことです。「開宗(かいそう)」はもののおおもとを啓発するの意味です。


有名なの古文書なので、武田薬品工業株式会社や早稲田大学等も所蔵しています。

作者:宇田川榕菴(うだがわ ようあん)って誰?

宇田川 榕菴(1798年 - 1846年)は江戸時代後期の津山藩岡山県津山市)の藩医蘭学者です。

日本で初めて温泉の泉質調査した人です。あとコーヒーの当て字に「珈琲」という字を考えました。



舎密開宗』の何がすごいの?

舎密開宗』は日本で初めての近代化学を紹介する書だったので、当時の日本に概念のなかった「酸素」「窒素」「炭素」「水素」といった元素の名前や「酸化」「還元」「溶解」「飽和」「結晶」「分析」など多数の化学用語を考え出しました。

舎密開宗』の内容

舎密開宗』の 中身

全七篇二十一巻、内編十八巻六冊・外編三巻一冊より編成されています。片仮名交りの本文、彩色刷の挿画多数入りです。
初篇から六篇に内篇十八巻を、七篇に外三巻を収録されています。
それぞれの性質や製法、実験法などが図版を付して説明されています。

目次

内編(18巻)
序文
1巻:化学親和力、溶解、温素
2巻:酸素、窒素、水素、水
3巻:アルカリ、酸、炭素
4巻:炭酸、硫黄
5巻:硫酸、硝酸
6巻:塩酸
7巻:燐酸、石灰
8巻:弗酸、苦土、礬土、珪土
9巻:重土、アルカリ金属
10巻:金、白金
11巻:銀、水銀
12巻:鉄
13巻:銅、鉛、錫
14巻:亜鉛、砒素、マンガン
15巻:コバルト、新金属
16巻:糖、クエン酸
17巻:安息香酸
18巻:澱粉、蝋


外編(3巻)
1巻:分析化学
2巻:試薬
3巻:鉱泉分析例

引用元:舎密開宗 - Wikipedia

水素ガス実験図が載せられていたり....
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/5a/SeimiKaisouChemistry.jpg


ボルタ電池解説図が載せられています。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e9/Seimikaisou.jpg



舎密開宗の原著は幾つか翻訳され増補されてものを、さらに宇田が翻訳し増補しています。
イギリスの化学者ウィリアム・ヘンリーが1799年に出版した 『Elements of Experimental Chemistry』 を...
f:id:Perie:20180807163300p:plain:w200
(画像引用元:The elements of experimental chemistry : Henry, William, 1774-1836 : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive
  ↓
J・B・トロムスドルフ(de:Johann Bartholomäus Trommsdorff)がドイツ語に翻訳、増補した 『Chemie für Dilettanten』 を...
f:id:Perie:20180807162530p:plain:w200
(画像引用元:Chemie für Dilettanten - William Henry - Google Books)
  ↓
さらにオランダの Adolf IJpeij がオランダ語に翻訳、増補した 『Leidraad der Chemie voor Beginnennde Liefhebbers, 1803(『依氏舎密』)』に、
  ↓

Adolf Ijpeij による Sijstematisch handboek der beschouwende en werkdaadig Scheikunde(『依氏広義』)、スモーレンブルグ(F. van Catz. Smallenburg)のLeerboek der Scheikunde(『蘇氏舎密』)など、他の多くのオランダ語の化学書から新しい知見の増補や、宇田川榕菴自身が実際に実験した結果からの考察などが追記されているそうです。


ややこしいですね。
要はいろいろな化学書を考察して書かれたようです。

舎密開宗』のネット上での閲覧方法

国立国会図書館早稲田大学図書館のデジタルアーカイブ等から閲覧することができます。

舎密開宗. 内篇 / 賢理 [原著] ; 宇田川榕菴 重訳増註

余談:宇田川榕菴とコーヒー

新しい物好きの榕菴は、代々津山藩医を勤める蘭学の名門・宇田川家と交流のあったオランダ商館長と面談した際に、初めて飲んだコーヒーに興味を持ちます。そして現在、一般的に使われている「珈琲」という字を考えました。

「珈琲」という字は、オランダ語の"koffie"という発音に合わせただけでなく、「珈」は女性の髪を飾る玉飾り、「琲」は玉飾りの紐の意味で、コーヒーの木に真っ赤なコーヒーチェリーが実っている様子を描写したと伝わっているそうです。*1





この由来からか毎年、宇田川榕菴の命日にはコーヒーがお供えされるそうです。*2






当時使われていたコーヒーポット等を知りたい方は、以下のリンクよりお進みください。
岡山県の津山のカフェ「城西浪漫館の津山榕菴珈琲」に写真が載せられています。
tsuyama255.net



余談ですが、宇田川榕菴の里の津山(岡山県)には「和蘭陀堂(おらんだどう)」と呼ばれるカフェがあるようです。
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(写真引用元:https://tabelog.com/en/okayama/A3304/A330401/33010498/


コーヒーとオランダ名物ワッフルが提供されているようです。
https://tblg.k-img.com/restaurant/images/Rvw/19391/640x640_rect_19391044.jpg
(写真引用元:https://tabelog.com/en/okayama/A3304/A330401/33010498/



中津にもこんな感じのカフェできたらいいのに。


舎密開宗』の展示場所

大分県中津市の大江医家資料館で見ることができます。

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村上医家資料館・大江医家資料館 共通パンフレット


まとめ

大分県中津市の大江医家資料館には、江戸時代末期に日本で初めての近代化学を紹介する書『舎密開宗』が展示されています。当時の日本に概念のなかった「酸素」や「水素」など多数の化学用語が載せられています。

興味のある方は、別府温泉、 湯布院温泉に行くついでに、ぜひ中津市にもお立ち寄りください。




大分県中津市に仮住まいしていました。蘭学関係の古文書が数多く置かれているので「中身はどのようなものか」と気になり、興味本位で調べています。関係者ではありません。

近いうちに中津に展示される古文書の紹介を終え、次の趣味を始めようと思います。