something

何か面白いことないかな

大分県中津市で見つけた歴史資料⑦『西医略論』(1858)

大分県中津市に仮暮らしていました。この頃、個人的に中津市で見つけた古文書を調べています。
今週末(7/22〜7/23)は中津市のお隣、日田市でユネスコ無形文化遺産日田祇園が行われます。豪雨災害により開催が一時危ぶまれましたが、今年も多くの観光客に訪れてもらいたいとのことで開催することになったそうです。
f:id:Perie:20170720155951j:plain


それでは本日から3回、続けて英国人医師ベンジャミン・ホブソンの書物を紹介していこうと思います。今回は『西医略論』の紹介です。



目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。かつて蘭学の里として栄えたからか、現在では『解体新書』(初版本)が展示されています。
その他は、中津唐揚げと鱧が名物の場所です。中津駅には鱧が入った水槽が置かれています。

f:id:Perie:20170602225744j:plain

『西医略論』って何?

f:id:Perie:20170714144407j:plain
(村上医科資料館所蔵『西医略論 開かれているページは『西医略論』4冊目 下巻)

外科的治療法とその薬の処方を網羅した書物です*1。全四冊、上中下巻から成り立ちます。筆者は『婦嬰親説』の作者と同様、上海で医師活動をしていた英国人医師のベンジャミン・ホブソンです。


perie.hatenablog.com

1850年代、上海は東アジアの貿易や交通ネットワークの中心だったそうです。ロンドン教会の宣教師たちは西洋情報を伝達するために、「墨海書館(ぼっかいしょかん)」の印刷所と「仁済医館」の診療所を設置しました。「仁済医館」の管理を任せられたホブソンです*2



話は少々逸れますが、先に紹介した「墨海書館」は1843年(道光23年)清代の上海で設立され、上海で最も早くに成立した近代出版社だったそうです。電力が無かった当時、最新機器の牛を動力とする印刷機を備えていました。

墨海書館牛車
f:id:Perie:20170718115726j:plain
(画像引用元:場所|城市漫遊指南:上海“印”跡 - 歌穀穀

牛を使うとは、すごい時代ですね....。

『西医略論』の中はどんな感じ?

4冊ありますが、それぞれ上中下に分かれています。

・上巻:東西医学及び病症の総論
医学総論、中西医学論、審証論、薬物論、食物論、致病有由論、炎症論、膿瘡論、潰瘡論、死肉証論、湯火傷論、外傷論、脈管跳血癅論、癰疽論、熱証論、瘧論

・中巻(上・下) 各部位の病症
骨証論、交節証、切断骨総論、諸骨折断論、脱骨論、頭脳傷論、脳部災 証論、背髄病論、眼証論、耳鼻口下等、胸部外傷、肚腹外傷、乳証、小腸疝証、肛門証、溺器証、腎嚢証、救急証治、戒鴉片煙癮論

・下巻:処方箋の記述
膏薬門、丸薬門、薬散門、薬水門、薬酒門、薬油門



中国医学との関連を重視し、その謝りを正しつつ近代医学の紹介につとめているようです*3。幅広い内容を取り扱った書物ですので、様々な図が載っています。一部紹介いたします。

包帯の巻き方
f:id:Perie:20170719013900p:plain
(西醫略論 合信[Hobson, Benjamin]著 ; 淸管茂材撰 42@24@1. - Full View | HathiTrust Digital Library | HathiTrust Digital Library)

頭蓋骨に穴を開ける方法
f:id:Perie:20170719012946p:plain
https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=keio.10811034585;view=1up;seq=109;size=50



私が最も『西医略論』特徴を表しているページだと感じているページが、こちらのアヘン喫煙を戒める部分です。

中編の下「戒鴉片煙癮論」 アヘン(鴉片)について記載されているページ
f:id:Perie:20170718234656p:plain
f:id:Perie:20170719012110p:plain
(画像引用:慶應義塾大学所蔵 
西醫略論 合信[Hobson, Benjamin]著 ; 淸管茂材撰 42@24@3. - Full View | HathiTrust Digital Library | HathiTrust Digital Library

)

1840年アヘン戦争が起きるほど、当時の中国ではアヘンが蔓延していました。それから18年後、『西医略論』が出版された1858年もまだアヘン吸っている方が多かったようです。中国最後の皇帝の妻、婉容皇后(1906年 - 1946年)もアヘン中毒でしたものね...。

映画「ラストエンペラー」アヘン中毒に陥った婉容皇后
f:id:Perie:20101116055630j:plain
(画像:映画「ラストエンペラー」)

様々な図が載せられていますので、気になる方は、後の章「内容の閲覧方法」を参考に閲覧ください。

内容の閲覧方法

以下のサイトから閲覧することができます。
Catalog Record: 西醫略論 3� | Hathi Trust Digital Library

長崎大学附属図書館 近代化黎明期翻訳本全文画像データベース



そして現在、なんとオークションサイトで購入できます。

英国老舗オークション・ハウス「ボナムス」で取り扱われている『西医略論』
f:id:Perie:20170718214038p:plain
(画像:Bonhams : HOBSON, BENJAMIN. 1816-1876. Seiyi-ryakuron [First lines of the practice of surgery in the west]. Tokyo: Yorozua Hyoshiro, 1858.

西医略論が置かれている場所

村上医科資料館に置かれています。

まとめ

大分県中津市で見つけた『西医略論』は、様々な外科的治療法とその薬の処方を網羅した書物です。とりわけ当時の中国(清国)で多かった、アヘン喫煙を戒める内容が記載されています。現在、『西医略論』は英国老舗オークション・ハウス「ボナムス」で出品されているようです。欲しい方はオークションで落札し、眺めるだけで満足される方は中津市にお越しください。

関連

ラストエンペラー [DVD]

ラストエンペラー [DVD]

*1:幕末明治初期に渡来した自然神学的自然観 一 ホブソン『博物新編 』を中心に 一 八耳俊文 p130

*2:長崎大学附属図書館 近代化黎明期翻訳本全文画像データベース 医学分館所蔵漢訳洋書概要

*3: 中国キリスト教初期医療伝道史研究 - 立正大学学術機関リポジトリ p90

調べ学習:古書『洋兵明鑑』を調べるまで

大分県中津市に仮暮らししていました。 この街では『解体新書(初版本)』を始めとする、蘭学関係の古文書を多く見かけます。
先日『洋兵明鑑』を調査していたのですが、図書館とインターネットさえあればソコソコ調べることができました。
perie.hatenablog.com
何か気になったことがあれば、突っ込んで調べることって大事だと思いました。今回は皆様の調べ学習の参考になればと思います。

図書館のレファレンスサービスについて書かれた漫画『夜明けの図書館』
f:id:Perie:20170713114958j:plain
f:id:Perie:20170713114950j:plain
(引用:夜明けの図書館 2巻)


目次

1.「何これ?」

「何これ?」から始まりました。
小幡記念図書館の展示コーナーに謎の古書が展示されていました。キャプションが簡素でどのような書物なのか検討がつかず....自分で調べることにしました。
f:id:Perie:20170627234414j:plain





2.調べる

ネットで調べる

インターネット検索で「洋兵明鑑」と検索すると、2つほど気になるページが出てきました。

wikipedia

「福澤全集 第2巻」に「洋兵明鑑」が載せられてることがわかりました。
f:id:Perie:20170714094120p:plain

武蔵野大学大学機関リポジトリ

福沢諭吉における執筆名義の一考察 : 時事新報論 説執筆者認定論への批判」が出てきました。
ピンク色で囲っている部分に『洋兵明鑑』について書かれている部分です。

f:id:Perie:20170713111746p:plain
f:id:Perie:20170713111757p:plain
武蔵野大学大学機関リポジトリ福沢諭吉における執筆名義の一考察 : 時事新報論 説執筆者認定論への批判」

ここでキーワード「福澤全集緒言」が出てきました。小幡記念図書館に所蔵されていることがわかったので、図書館で調べることにしました。


関連書物「福澤全集緒言」「福澤全集 第2巻」を探しに、図書館に向かいました。


図書館で調べる

小幡記念図書館は、福澤諭吉の出身地なだけあり、福澤諭吉の関連書物が非常に充実しています。

古文書『洋兵明鑑』

図書館の蔵書検索システムで「洋兵明鑑」を発見したので関連資料として借りてみるました。すると古文書が出てきました。
図書館に展示されているものと同じです。
f:id:Perie:20170714100358p:plain
f:id:Perie:20170713220952j:plain
f:id:Perie:20170713221401j:plainf:id:Perie:20170713221416j:plain
1〜2巻まで図書館内で閲覧できましたが、3以降が無いので活字化された『福澤選集』を借りることにしました。

資料『福澤選集』

活字化した全文が出てきました。凡例を見ると原書が紹介されています。「亜米利加」「1863年」「イルミ・スカーク氏」「ソムマリ・オフ・ゼ・アート・オフ・ウォーワ」このあたりがキーワードな気がします。
f:id:Perie:20170714101817j:plain
f:id:Perie:20170713221420j:plain

資料『福澤諭吉全集緒言』

古書『洋兵明鑑』の出版の経緯が書かれています。
f:id:Perie:20170713221424j:plain

資料『慶應義塾百年史』

福澤諭吉全集緒言』に記載されていた、建設された校舎について写真を探そうと思いましたが、特に写真はなさそうでした。代わりに平面図が出てきました。

f:id:Perie:20170713232448p:plainf:id:Perie:20170713232440p:plain
f:id:Perie:20170713232430p:plainf:id:Perie:20170713232422p:plain
f:id:Perie:20170713232459p:plainf:id:Perie:20170713232507p:plain
慶應義塾百年史)


慶應義塾メディアセンターデジタルライブラリで調べる

デジタルライブラリで古文書が公開されています。

f:id:Perie:20170713233059p:plain
慶應義塾メディアセンターデジタルライブラリ

ハーティートラストで調べる

原書調べることにしました。「亜米利加」「1863年」「イルミ・スカーク」「ソムマリ・オフ・ゼ・アート・オフ・ウォーワ」がキーワードでしたね。「イルミ・スカーク」の綴りが分からないので、「ソムマリ・オフ・ゼ・アート・オフ・ウォーワ」で検索をかけてみたら出てきました。

f:id:Perie:20170713233758p:plain
何気にカリフォルニア大学も『洋兵明鑑』所蔵しているのですね....


3.アウトプットする

満足したので、とりあえず調査を終了することにしました。ここで忘れても良いように、アウトプット(纏めてしまう)することがコツです。
後になって再び興味が沸いた際に、調べ直す手間が省けます。あと、何よりも継続していると新しい情報検索方法が増えていきます。

まとめ

図書館とインターネットを活用して『洋兵明鑑』をある程度まで調べることが出来ました。何かを「知る」ことは、自分を一回り成長させるかもしれません。

f:id:Perie:20170713114557j:plain
(夜明けの図書館)

参考文献

大分県中津市で見つけた歴史資料⑥『婦嬰新説』(1859)

大分県中津市に先月末まで仮暮らししていました。
九州豪雨で中津市内は割と大丈夫だったそうですが、山のあたり(耶馬渓)が橋が壊れたり、銅像の腕が流されたり...と被害あったようです。まだ雨が続きそうなので、知人たちが大丈夫か心配です。

大分県中津市でみつけた古書を紹介いたします。


目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。蘭学の街として栄えていたので『解体新書(初版本)』を見ることができます。
f:id:Perie:20170602225744j:plain





冒頭でも述べた耶馬渓(やばけい)ですが、最近、日本遺産に認定されました。走るのに良い場所ですので、雨が落ち着いた頃にドライブ・サイクリングにぜひ訪れてみてください。
f:id:Perie:20170712003139j:plain


『婦嬰新説』って何?

英国人ベンジャミン・ホブソン(Benjamin Hobson, 1816 - 1873)が、清国の管茂材の協力を得て中国語で著した産科学書です。

村上医科資料館 展示品

大江医科資料館 展示品

以下の写真のように、中国語による西洋医書の訓点翻刻本です。

f:id:Perie:20170712005059j:plain
(出典:早稲田大学図書館
婦嬰新説. 巻上,下 / 合信, 管茂材 撰

著者ベンジャミン・ホブソン

著者は英国人ベンジャミン・ホブソン(Benjamin Hobson, 1816 - 1873)です。
中国名は「合信」または「霍浦孫」だそうです。ホブソンはロンドン大学医科大学卒業後、1839年から20年間中国で宣教医として医療伝道を行ったそうです。この間、中国に西洋の近代的な医学を伝えるため、「合信五種」とも言われる5種類の医学書を執筆しました。これらの医学書は幕末から明治初期にかけて日本に伝わり、和刻本や和訳本が刊行され、日本医学に影響を与えたそうです。
f:id:Perie:20170711102429j:plain

『婦嬰新説』の中身はどんな感じ?

上巻は子宮、生理、妊娠、出産等について書かれています。下巻は新生児及び水痘などの病症が載せられています。
産科学の本なので基本的に妊娠出産について書かれていますが、育児法から、小児がかかる病気(麻疹など主に感染症)、小児に使用される処方薬について記載されているます。


それでは中身を覗いて見ましょう。


こちらの図では女性の骨盤の説明ですが、他の図では子宮、胎児図なども描かれています。

f:id:Perie:20170712001713j:plain
(出典:早稲田大学図書館
婦嬰新説. 巻上,下 / 合信, 管茂材 撰


こちらの図では、難産そうなケースを紹介しています。顔面から出てきたり、胎児の片腕が出てきたり....大変そうです!!
図を見る限りでは、帝王切開無しによる処置が紹介されているのでしょうか?

f:id:Perie:20170712002231j:plain
(出典:早稲田大学図書館
婦嬰新説. 巻上,下 / 合信, 管茂材 撰

ドラマ『JIN(完結編)』の野風さんの出産中に胎児が横位になり、胎児の手が出て来てしまったので帝王切開をしていました。
しかも麻酔無しで...いつの時代も出産は命がけです。

ドラマ『JIN(完結編)』の野風出産シーン
「腹を切って子供を取り出してください」と懇願する場面
f:id:Perie:20170711204856j:plain
ドラマ『JIN(完結編)』第8話

余談ではありますが、国内初の帝王切開は1852年(嘉永5年)4月25日、蘭方医伊古田純道によって行われました*1。場所は埼玉県飯能市坂元(旧名:秩父郡我野正丸)です。産科医をしている甥の岡部均平から難産の手助けを要請され、伊古田が駆けつけてみると胎児はおなかの中ですでに息絶え、母体が危なかったので帝王切開に踏み切ったそうです。伊古田は数か月前にオランダの医学書から学んだ技術をもとに、手術を成功させたそうです。勿論、麻酔はありません。国内2例目の帝王切開は30年程後になります。

流し見した限りでは『婦嬰新説』では帝王切開せず、医師による手技でなんとか胎児を出す方法が紹介されているようです。
19世紀のヨーロッパにおける帝王切開の母親の死亡率は75%にも及んだそうです。出血と手術後の細菌感染が原因だったそうなので、ホブソンはあまりオススメしたくなかったのでしょうか...。

何処に置いてあるの?

村上医科資料館と、大江医科資料館に展示されています。
村上医科資料館での展示品は図のページが、見開きで置かれています。

まとめ

『婦嬰新説』は英国人ベンジャミン・ホブソンによる産科学書です。中国語で編纂された後に、幕末から明治初期に日本に伝わりました。妊娠出産、育児法から、小児がかかる病気など幅広く取り扱われているようです。

*1:伊古田純道『子宮截開術実記』

大分県中津市で見つけた歴史資料⑤『切断要法』(1868)

大分県中津市に仮住まいしていました。
蘭学関係の古文書が数多く置かれているので「中身はどのようなものか」と気になり、興味本位で調べています。



目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。蘭学の街なだけあって『解体新書』初版本をみることができます。
数年前は大河ドラマ黒田官兵衛」で賑わっていたそうです。
f:id:Perie:20170602225744j:plain

『切断要法』って何?


名前の通り、四肢切断手術の方法が記された本です。「麻酔編」と「手術編」から構成されています。中津藩出身の外科医・軍医、田代基徳(1839〜1898)によって出版されました。近代医学の礎を築いた方です。出版された1868年(慶應4年)の1月に薩長軍の戦い(鳥羽・伏見の戦)があったようです。

切断手術というと、手塚治『ブラックジャック』のブラッククイーンによる手術シーンを思い出してしまいます。

ブラックジャック
f:id:Perie:20170702115323j:plain
手塚治虫ブラックジャック』桑田このみ

『切断要法』の中身ってどんな感じ?

麻酔のクロロホルムの薬理と、切断手術の解説が載っています。
それでは、少し中身を覗いてみましょうか。

クロロホルム薬理
f:id:Perie:20170704231026j:plain
説明、効用、年齢、用法等の説明がされています。

手術編の始まり
f:id:Perie:20170704231404j:plain
動脈結紮(どうみゃくけっさつ)*1の説明から入るようです。

手術編の始まり部分の図です。
f:id:Perie:20170704231858j:plain


切断の図
f:id:Perie:20170704230309j:plain
なかなか強烈ですね....!!
画像:切断要法 / 愚魯周 [原著] ; 田代子栄 纂輯


漫画家の水木しげる氏も、戦争中の負傷で腕を切ることになりました。麻酔ありで手術受けれれば良かったのでしょうが…目医者さんによる麻酔無しの手術だったようです。

水木しげる自伝 腕負傷のシーン

(引用元:水木しげる自伝)

この後のページで、水木しげるは手術無しで切断手術を受けるのであった....

戦争に限らず、事故、そして圧倒的に糖尿病による壊疽の切断手術が多いようです。糖尿病には気をつけたいです。

『切断要法』の原書

1866年発刊のSamuel D.Gross, Bernard と Linhardの外科書

『切断要法』はどこで見れるの?

村上医科資料館で見ることができます。

まとめ

切断要法は薩長戦争の後、中津藩出身の外科医・軍医、田代基徳によって書かれた本です。麻酔薬クロロホルムを使い方や、部位別の切断方法が書かれています。故・漫画家水木しげる先生も、麻酔有りで手術受けれれば良かったのでしょうけど…戦争中は資材を揃えることもままなら無いので、思うように手術できないものです。現代では糖尿病の壊疽による切断手術が多いそうなので、糖尿病に気をつけたいものです。

*1:外科的処置の際に、身体の一部や医療機器を縛って固定する技術のこと

大分県中津市で見つけた歴史資料④『洋兵明鑑』(1869)

大分県中津市に仮暮らししています。小幡記念図書館で展示されている古書が気になって調べていました。


大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。蘭学の里として『解体新書』の初版本が置いてあります。7月には中津祇園があります。
f:id:Perie:20170602225744j:plain
一応、宣伝も兼ねて(?)毎度、中津市の場所を記載しています。

『洋兵明鑑』とは?


外国の戦術書を和訳した本です。1869年(明治2年)に発刊されました。
翻訳者は福沢諭吉・小幡兄弟(篤次郎・仁三郎)の3人です。

『洋兵明鑑』の凄いところ

この本の飜訳によって、芝新銭座時代の慶應義塾の校舎が1棟建ちました。
下図は明治元年、明治2年の慶應義塾の新銭座の校舎の平面図です。下図のピンク色で囲った2階建ての建物が、洋兵明鑑の飜訳代金によって建設された校舎ではないか?と言われているようです。*1

明治元年、明治2年の芝新銭座の慶應義塾の平面図
f:id:Perie:20170624120921p:plain
(引用元:『慶應百周年史』 上巻318ページ)

『洋兵明鑑』の出版のいきさつ

慶應義塾の新校舎建設資金を捻出するために、福澤含む3人で分担して英書を飜訳した本です。以下は福澤諭吉全集2巻「洋兵明鑑」に書かれた、この本を出版に至ったいきさつです。*2

          • -

洋兵明鑑は一部の兵法本であるけれど、この本を飜訳にはワケがあった。
慶應義塾は慶応4年春に、江戸鉄砲洲から芝新銭座に移転した。
明治改元前で、ちょうど維新の兵乱最中だったので、新しい新銭座の塾では経営規模も小さかった。
それなのに入学する生徒が多く、とても入りきらない。校舎を新設するには資金が必要となるが、以前までの経営に有り金を既に使いつくしていた。
どうしたものかと当惑してアレコレと考えていた最中、熊本藩の兵法好きな知人が私の家に来訪した。「何かおもしろい新舶来の兵書はないだろうか?」との話が出て、偶然、私の手元にあった原書を見せた。「これは・・という本ですが、これを飜訳するのはどうでしょう?」と申し出ると、先方はとても喜び、私に飜訳出版を頼んできた。出版物ができたら熊本藩が何百部を引き取ることを約束して別れた。
急なことだったから、わたくし1人ではとても間に合わない。小幡篤次郎とその実弟の小幡仁三郎、わたくしの3人で同時に飜訳に着手した。こうして版行した『洋兵明艦』5冊を、約束通り何百部を熊本藩に納め、報酬として600円を受け取った。天から授かったような資金で、直ちに校舎の建設に取り掛かった。当時は物価も今と違って安く、およそ600円もあれば二階建ての一棟を立派に建築し、畳、建具も入れ、とても学生の役に立った。
このようなワケで、この飜訳本は熊本藩のために書いたので、世間一般には多く発売されず、他の出版した書籍とは事情が違う。


(※私自身、古典が弱いので、現代語訳おかしい部分があるかもしれません。)

          • -

『洋兵明鑑』の中身

軍事上の作戦、過去におきた戦争の解説(仏ナポレオンによる戦い)、陣営の構え方等があります。
下図はクリミア戦争(1853年〜1856年)の一つ、アルマの戦いの解説部分や、防衛のあたりの話の図です。

洋兵明艦2巻
f:id:Perie:20170627231548p:plain
洋兵明艦5巻
f:id:Perie:20170627231501p:plain
f:id:Perie:20170627231526p:plain
(引用元:)

『洋兵明鑑』の原書

凡例に「1863年の米国版イルミ・スカーク氏『ソマリ・オフ・ゼ・アート・オフ・ウォーワ』」と書かれています。Emil Schalkの『Summary of the art of war』のことのようです。

Emil Schalk『Summary of the art of war』米国ハーバード大所蔵
表紙
f:id:Perie:20170624140000p:plain
目次
f:id:Perie:20170624140017p:plain
アルマの戦いの図
f:id:Perie:20170627231829p:plain
(引用:[https://catalog.hathitrust.org/Record/006509494?type=all&lookfor=summary of the art of war&ft=:title]

なぜ訳者 福澤諭吉が兵法を?

福澤諭吉はもともと砲術蘭学修行時代)を学んでいました。オランダ語・英語の違いはあれども、砲術周りの知識はあったように思われます。だから超特急でこの戦術書を飜訳することができたのではないでしょうか。

風雲児たち 幕末編9巻
f:id:Perie:20170627175103p:plain
f:id:Perie:20170627175802p:plain
f:id:Perie:20170627175848p:plain
f:id:Perie:20170627180051p:plain
f:id:Perie:20170627180204p:plain
f:id:Perie:20170627180327p:plain
f:id:Perie:20170627180355p:plain
f:id:Perie:20170627180430p:plain
f:id:Perie:20170627180555p:plain
(引用元:風雲児たち 幕末編9巻 )

まとめ

福澤諭吉ら3名で『洋兵明鑑』は、外国の戦術書を和訳したものです。この飜訳代金によって、慶應義塾の新銭座時代の塾舎が1棟建ちました。
詳しい経緯は『福澤諭吉全集2巻「洋兵明鑑」の章』に書かれています。『洋兵明鑑』の内容は、仏国ナポレオンによる戦術例や、陣営の構え方など多岐に渡ります。もともと砲術の勉強していた福澤諭吉によっては、割と得意分野だったのでは無いでしょうか?

洋兵明鑑を読む方法

洋兵明鑑はデジタルアーカイブから読むことができます。

Digital Gallery of Rare Books & Special Collections < デジタルで読む福澤諭吉 洋兵明鑑. 一 >

国立国会図書館デジタルコレクション - 洋兵明鑑. 巻之1

  • カリフォルニア大学所蔵

[https://catalog.hathitrust.org/Record/008954462?type=all&lookfor=summary of the art of war&ft=:title]



原書はハーティートラストから読むことができます。
[https://catalog.hathitrust.org/Record/006509494?type=all&lookfor=summary of the art of war&ft=:title]



参考書

福沢諭吉著作集〈第12巻〉福翁自伝・福沢全集緒言

福沢諭吉著作集〈第12巻〉福翁自伝・福沢全集緒言

慶應百周年史 上巻p318
福澤諭吉全集 第2巻「洋兵明鑑」


p.389
福沢諭吉における執筆名義の一考察 : 時事新報論 説執筆者認定論への批判

*1:慶應百周年史』上巻 318頁 「近代教育の先駆」

*2:福翁自伝「洋兵明鑑」の章

大分県中津市に多く残る江戸時代の蘭学資料

大分県中津市に仮暮らししています。
今月の早稲田学報(2017年6月号)に、早稲田に多く残る江戸時代の蘭学資料を紹介したページがありました。今年、早稲田大学の「江戸時代後期、知の探求者たちが切り拓いた世界ー応用化学科創立百周年記念展示ー」に杉田玄白肖像や、宇田川榕庵ゆかりの品が展示されるようです。
蘭学といえば大分県中津市...真似てこの街のお宝を簡単にご紹介します。

目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。JR小倉駅別府駅から特急列車で40分ほどの場所です。中津からあげ、鱧が名物です。
f:id:Perie:20170602225744j:plain

 

 

中津市にどんなお宝があるの?

 私がこの街に住んでいて、特に貴重だと思っている古書は主に3点です。

  • 解体新書(初版本)
  • 学問のすゝめ(初版本)
  • 前野良沢 掛け軸

簡単に紹介していきます。

 

解体新書(初版本)

1774年に発刊され、日本全国に衝撃を与えた『解体新書』です。大江医科資料館に、『解体新書(初版本』と『重訂解体新書』とともに展示されています。
f:id:Perie:20170613234158j:plain
 

 

 

 

 

学問のすゝめ(初版本)

福澤諭吉先生の著書の一つです。福澤諭吉旧居に展示しています。

現在では初版本に並び、ミズノプリティングミュージアムが寄贈した『学問のすゝめ』の活版で限定復刻版も展示されています。

 

『学問のすゝめ』限定復刻版
f:id:Perie:20161226073957j:plain
(出典:水野写真製版所、『学問のすゝめ』初版本を限定復刻 | 日本印刷新聞社 )

 

前野良沢 掛け軸

こちらは古書ではなく、掛け軸なのですが....前野良沢が描かれた掛け軸があります。小学校の教科書に使われている図です。
前野良沢は「解体新書」を翻訳者です。オランダ語ができたので、杉田玄白に誘われ、解体新書に携わることになりました。杉田玄白は解体新書オランダ語できず。発刊するまでの翻訳家・作画家探し、役人への根回し等のプロデュースを担ったそうです。

前野良沢 肖像
f:id:Perie:20170616114106j:plain
(図:川島整形外科病院所蔵)

川嶌整形外科病院内のメモリアルミュージアムにレプリカがあります(本物は川嶌先生所蔵)。幾つかある前野良沢肖像画の中で「最も本人に似ているのでは?」と言われる図だそうです。テレビ局等から「この図を利用しても良いですか?」と、川嶌病院に電話がかかってくるのだとか。

 

その他

冒頭に述べた早稲田学報に記載している宇田川榕庵舎密開宗』、ドラマJINにも出てきた緒方洪庵著『虎狼痢治準』、手塚治虫「ひだまりの樹」に出てきた『扶氏経験遺訓』、平賀源内『物類品隲』、江戸時代に流行したコレラ関連の資料、日本で3番目の蘭日辞書『中津バスタールド辞書』等々あります。





町歩きの地図

この頃、中津駅にパンフレット「まちあるきのすすめ」が置かれているのを発見しました。川嶌整形外科病院以外の、古文書が置いてありそうな場所が載っています。参考にしていただけたらと思います。

まとめ

大分県中津市は、江戸時代の蘭学資料が数多く展示しています。興味のある方は是非お越しください。

関連資料

JIN-仁- BD-BOX [Blu-ray]

JIN-仁- BD-BOX [Blu-ray]

陽だまりの樹 コミック 文庫版 全8巻完結セット (小学館文庫)

陽だまりの樹 コミック 文庫版 全8巻完結セット (小学館文庫)

超高速! 参勤交代リターンズ [DVD]

超高速! 参勤交代リターンズ [DVD]





 

 

 

 

手持ちの書籍を古書風にするブックカバー

蘭学の里」大分県中津市に仮暮らししています。この街では、江戸時代後期以降に発刊された古書、それも蘭学関係の古書をよく目にします。
古書を調べているうちに、手持ちの本を古書風にできるブックカバーを見つけましたので紹介いたします。。

 

 

目次

 

手持ちの書籍を古書風にする方法

「古文書ブックカバー」ダウンロード先

「古文書ブックカバー」を 小川新聞店さんがインターネット上で無料提供してくださっています。これを印刷します。

 

 

f:id:Perie:20170613192833j:plain

f:id:Perie:20170613192854j:plain

(画像:小川新聞店 (@chunichi_tarui) | Twitter さん)

 

 

 

実際に試してみた 

こちらがコンビニにて、A4用紙にプリントアウトした「古文書ブックカバー」です。

f:id:Perie:20170613145146j:image

 

こちらは私が愛用する、ほぼ日手帳にブックカバーをつけたものです。
古書になりました…?

f:id:Perie:20170613145137j:image

 

まとめ

蘭学関連の古書に興味がある方は、大分県中津市へお越しください。古書自体がお好きな方は「古文書ブックカバー」を是非お試しください。

 

 

 

 

 

 

大分県中津市で見つけた歴史資料③『博物新編補遺』(1869)

目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境の長閑な街です。

一万円札に描かれている福澤諭吉先生の故郷です。
余談ですが、Dr.コパの風水本に「金運上げるためのラッキーフードは鶏肉」と紹介されていました。名物「中津唐揚げ」バブルを起こしているこの地は、風水までも金運の味方しているようです…。

この町の目玉は『解体新書』(初版本)が見られることです。
f:id:Perie:20170602225744j:plain




『博物新編補遺』って何?

明治2年(1869年)に発刊された、自然科学の教科書です。上中下の3巻からなります。明治初年に広く用いられた教科書だそうです。
外国の書籍Introduction to the Sciences(W. and R.chambers 著)を翻訳して作られました。訳者は小幡篤次郎です。

※ややこしいのですが、慶應4年(1868年)頃の大森解谷訳『博物新編訳解』(英・Benjamin Hobsonが中国人向けに漢文で著した「博物新編」を翻訳したもの)とは別物です。

『博物新編補遺』って何が凄いの?

日本最初の科学全般にわたる入門書です。
明治5年文部省の「小学教則」中の「理学輪講」用のテキストとして挙げらているそうです。明治初期は「翻訳教科書」の時代と呼ばれています。江戸時代までなかった教科について、新しく作るよりも外国の書物を翻訳したほうが簡単なため、多くの翻訳教科書が作られました。


漫画『るろうに剣心』が明治11年設定なので、『博物新編補遺』の発刊から9年後の時代でしょうか。薫ちゃんが17歳設定なので、『博物新編補遺』は薫ちゃんが8歳の時に発刊されたもの…もしかしたら教材に使っているかもしれませんね。


出典:『るろうに剣心明治剣客浪漫譚』1巻55ページ

『博物新編補遺』の内容

  • 上巻:天文・物理
  • 中間:物理・気象
  • 下巻:動植物人体から人生論



それでは少し、中身を覗いてみましょうか。

前回に引き続き、天文分野のページです。
前回ご紹介したの『天変地異』は迷信を拭い去る要素が強かったのですが、こちらの『博物新編補遺』では、小学校の教科書らしくつらつらと天文の説明がされているように思います。

『博物新編補遺』上巻
f:id:Perie:20170607204325j:plainf:id:Perie:20170607204338j:plain
出典

人体関係の図です。
杉田玄白前野良沢らが非常に苦戦して『解体新書』(1774年)を翻訳していたのに、1869年には教科書によって広く国民に知られるようになったようです。100年足らずで、学問は急激に進歩したものですね。

『博物新編補遺』下巻
f:id:Perie:20170607204359j:plainf:id:Perie:20170607204412j:plain
出典:早稲田大学

『博物新編補遺』の原本 Introduction to the Sciences(W. and R.chambers 著)1867 ?

原本となった、自然科学の入門書です。

William Chambers(1800-1883)とRobert Chambers(1802-1883)兄弟のIntroduction to the Sciences(1861 ?)が原著です。

f:id:Perie:20170607203557j:plainf:id:Perie:20170607203619j:plain
出典:
Catalog Record: Introduction to the sciences | Hathi Trust Digital Library


米国オハイオ大学がデジタルアーカイブで公開しているので、原本を読むことができます。

目次を比較してみると、内容が同じことがわかります。

f:id:Perie:20170607203954j:plain

f:id:Perie:20170607204010j:plain
出典:早稲田大学

所蔵場所は?

小幡記念図書館内に展示しています。公立図書館なので入館無料です。


まとめ

『博物新編補遺』は明治2年(1869年)に発刊された、自然科学の教科書です。日本最初の科学全般にわたる入門書は、天文・物理・気象・動植物人体から人生論と幅広く扱っていたようです。
『解体新書』(1774年)が出るまでは人体図を含め、科学において国内では遅れを取っていましたが、その後の学問の発展からか、1869年には『博物新編補遺』のように人体を含む自然科学の教科書ができたようです。