something

何か面白いことないかな

大分県中津市 中津医学史

先日、ふと中津市のホームページを見ていところ、来年の正月に放送される時代劇のプレミアムトークの宣伝がされていました。
f:id:Perie:20171106150934p:plain
(画像引用元:http://www.city-nakatsu.jp/

一体、どのような内容なのでしょうか?
NHKのドラマトピックスに以下の通り書かれていました

正月時代劇
風雲児たち蘭学革命(れぼりゅうし)篇~

大河ドラマ真田丸」より1年――。
三谷幸喜が満を持して送る究極のエンターテインメント時代劇!
あの三谷幸喜さんが「真田丸」以来、1年ぶりにNHK時代劇に帰ってきます。
今度のお題は前野良沢杉田玄白による〝蘭学事始〟。史上初の西洋医学書の和訳に一心同体で取り組んだ二人は、鎖国ど真ん中の江戸中期に革命的な翻訳を成し遂げます。しかし、刊行された「解体新書」になぜか良沢の名は載らず、名声は玄白だけのものとなりました。二人の間にいったい何が起きたのか…。
みなもと太郎さんの大河歴史ギャグ漫画を原作に、笑いとサスペンスに満ちた新しい三谷流歴史ドラマが誕生します。

(引用元:脚本・三谷幸喜 正月時代劇『風雲児たち~蘭学革命篇~』制作開始 | 正月時代劇 | NHKドラマ

今から楽しみです。私事ですが、三谷幸喜さんのファンです。

ドラマの主人公、前野良沢豊前国中津藩(大分県中津市)の藩医ですが、その中津は蘭学の里と言われています。街の資料館には、東洋医学から西洋医学への移り変わりを感じる、古書等の資料が展示されています。


今回は大分県中津市の「中津医学史年表」を載せておきます。

目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書』をみることができる町です。
今は「中津からあげ」が有名です。
f:id:Perie:20170602225744j:plain



中津医学史年表

中津の医学史年表です。1640年から始まるようです。

寛永17年 (1640) 村上宗伯、大阪の古林見宜より医師開業の免許皆伝を受け、中津諸町で医院開業。
寛保元年 (1741) 根来東叔、人身連骨真形図。
明和7年 (1770) 前野良沢、長崎留学。
明和8年 (1771) 前野良沢杉田玄白ら、小塚原で解剖を見学。翌日から通称『ターヘル・アナトミア』の翻訳を開始。
安永3年 (1774) 通称『ターヘル・アナトミア』の翻訳書『解体新書』刊行。
文化7年 (1810) 奥平昌高・神谷弘孝(源内)、『蘭語訳撰』を刊行。
文政2年 (1819) 村上玄水、九州最初の人体解剖。
文政5年 (1822) 奥平昌高・大江春塘、『中津バスタード辞書』 を刊行。
嘉永2年 (1849) 辛島正庵ら、中津で種痘を実施。
安政5年 (1858) 福沢諭吉、江戸の中津藩中屋敷内に蘭学塾を開く。

文久元年 (1861) 上勢溜に医学館開設。
慶応4年 (1868) 福沢諭吉、学塾を慶応義塾と改称。
明治元年 (1868) 田代基徳、『切断要法』出版。
明治4年 (1871) 小倉県は、医学校取立方を大江雲沢など4名に命じる。
明治6年 (1873) 片端町に医学校及び病院開設。教頭大江春水、院長藤野玄洋。
明治8年 (1875) 小幡英之助、日本最初の歯科試験を受験し、歯科医第1号となる。
明治36年 (1903) 田代義徳、東京大学に整形外科を開設して、初代教授となる。
明治39年 (1906) 田原淳、心臓刺激伝導系に属する房室結節を発見。“田原結節”または“アショッフ=田原 結節”と名付けられる。

(引用元:村上医家史料館/中津医学史年表 | 大分県中津市

1600年代 村上家の医院開業

寛永17年 (1640) 村上宗伯、大阪の古林見宜より医師開業の免許皆伝を受け、中津諸町で医院開業。

村上医家は、中津市の古くから存在する医師一家です。初代が1640年に諸町に医院を開業以来、現在に至るまで医家として継続(現在は村上記念病院を経営)しています。
当初解説された中津諸町の医院は、今は村上医家資料館として開かれています。
村上医家資料館の蔵は今は数多くの古書が展示されていますが、かつてはシーボルト事件で逃走中の高野長英を匿った場所でした。


以前書いた記事を貼っておきます。
perie.hatenablog.com



1700年代 様々な解剖図が出始める

寛保元年 (1741) 根来東叔、人身連骨真形図。

日本初の人骨図です。

f:id:Perie:20171011220555j:plainf:id:Perie:20171011220550j:plain
村上医家資料館展示品 

明和7年 (1770) 前野良沢、長崎留学。

前野良沢は47歳の時にさらにオランダ語を深く学ぶために長崎へ留学しました。
留学期間は僅か100日で、また直接オランダ人から学んだ訳ではなく、オランダ大通詞の吉雄耕牛から学んでいただけだったようです。

前野良沢 肖像
f:id:Perie:20170616114106j:plain
(図:川島整形外科病院所蔵 前野良沢 肖像)

川嶌整形外科病院内のメモリアルミュージアムにレプリカがあります(本物は川嶌先生所蔵)。幾つかある前野良沢肖像画の中で「最も本人に似ているのでは?」と言われる図だそうです。テレビ局等から「この図を利用しても良いですか?」と、川嶌病院に電話がかかってくるのだとか。

明和8年 (1771) 前野良沢杉田玄白ら、小塚原で解剖を見学。翌日から通称『ターヘル・アナトミア』の翻訳を開始。

f:id:Perie:20171106212444j:plain
川島整形外科病院展示品 ターヘルアナトミア(ドイツ語版)


安永3年 (1774) 通称『ターヘル・アナトミア』の翻訳書『解体新書』刊行。

1774年に発刊され、日本全国に衝撃を与えた『解体新書』です。大江医科資料館に、『解体新書(初版本』と『重訂解体新書』とともに展示されています。
f:id:Perie:20170613234158j:plain

『解体新書』の主翻訳者ということで、中津の人はよく「前野良沢」の名前が出してきます。
私事ですが『解体新書』について、杉田玄白しか知らなかったので、中津に暮らし始めた初期は「前野良沢....誰....?」と毎度思っていました。


1800年代前半 辞書が作られる

文化7年 (1810) 奥平昌高・神谷弘孝(源内)、『蘭語訳撰』を刊行。
奥平昌高は蘭学大好きでシーボルトオランダ語でお話した殿様です。
前野良沢が翻訳に苦労したという話を聞いていたこともあり、日本で初めての和蘭辞典をを発行しました。


以前書いた記事を貼っておきます。
perie.hatenablog.com



文政2年 (1819) 村上玄水、九州最初の人体解剖。

1819年、村上玄水が、中津で九州最初の人体解剖を行っています。
村上医家資料館に解剖図があります。


文政5年 (1822) 奥平昌高・大江春塘、『中津バスタード辞書』 を刊行。

中津のお殿様、奥平昌高が大江春塘に命じて『中津バスタード辞書』(1822年刊行・オランダ語→日本語辞書・7249語収録)を刊行しました。

嘉永2年 (1849) 辛島正庵ら、中津で種痘を実施。

辛島正庵は中津のお医者さんです。息子を天然痘で亡くしたのもあり、種痘(天然痘の予防法)に対して尽力しました。

以前書いた記事を貼っておきます。
perie.hatenablog.com

1800年代後半 様々な西洋文化流入する

安政5年 (1858) 福沢諭吉、江戸の中津藩中屋敷内に蘭学塾を開く。

中津市福沢諭吉の故郷です。
「中津医学史」に含めてもいいのか疑問に思いましたが.....、福沢諭吉は大阪の医師緒方洪庵の元で学んでいたので、とりあえずOKだと思っておきます。


福沢諭吉旧居に『学問のすゝめ』が展示しています。
現在では初版本に並び、ミズノプリティングミュージアムが寄贈した『学問のすゝめ』の活版で限定復刻版も展示されています。

『学問のすゝめ』限定復刻版
f:id:Perie:20161226073957j:plain
(出典:水野写真製版所、『学問のすゝめ』初版本を限定復刻 | 日本印刷新聞社 )


以前書いた記事を貼っておきます。
perie.hatenablog.com

文久元年 (1861) 上勢溜に医学館開設。
慶応4年 (1868) 福沢諭吉、学塾を慶応義塾と改称。

慶應義塾大学が誇りとする、上野戦争中の出来事に関連する書物の和訳本が展示されています。

以前書いた記事を貼っておきます。
perie.hatenablog.com

明治元年 (1868) 田代基徳、『切断要法』出版。

以前書いた記事を貼っておきます。
perie.hatenablog.com



明治4年 (1871) 小倉県は、医学校取立方を大江雲沢など4名に命じる。

大江雲沢は華岡青洲の大阪塾で学んでいました。大江医家資料館の大江家です。
こちらの大江家も代々医師を続けてきましたが、今の代はお医者さんやめてしまったそうです。


以前書いた記事を貼っておきます。
perie.hatenablog.com
perie.hatenablog.com


補足説明ですが、小倉県(こくらけん)は1871年豊前国を管轄するために設置された県です。現在の福岡県東部、大分県北部にあたります。

明治6年 (1873) 片端町に医学校及び病院開設。教頭大江春水、院長藤野玄洋。
明治8年 (1875) 小幡英之助、日本最初の歯科試験を受験し、歯科医第1号となる。

小幡英之助は中津出身で、芝新銭座にあった時の慶應義塾で学んでいました。
西洋歯科医術を修め、日本で最初に「歯科」で開業試験に合格、日本最初の歯科医師といわれています。

1900年代 近代医学

明治36年 (1903) 田代義徳、東京大学に整形外科を開設して、初代教授となる。
明治39年 (1906) 田原淳、心臓刺激伝導系に属する房室結節を発見。

“田原結節”または“アショッフ=田原 結節”と名付けられる。

展示場所

大体の医学関係の資料は「大江医家資料館」「村上医家資料館」「川嶌整形外科病院ミュージアム」に展示されています。「福沢諭吉旧居」にも寄ってみてもいいかもしれません。

町歩きの地図

中津駅にパンフレット「まちあるきのすすめ」が置かれていました。川嶌整形外科病院以外の、古文書が置いてありそうな場所が載っています。参考にしていただけたらと思います。


観光される方は「るるぶ」もあります。

2016 るるぶ特別編 中津・耶馬渓
f:id:Perie:20170803162251p:plain
(出典:2017るるぶ特別編集中津・耶馬渓が完成! | 大分県中津市

まとめ

とても雑な紹介になってしまいましたが、大分県中津市は380年前から続く医学の街です。
興味のある方は、ぜひ大分県中津市に観光にいらしてください。

関連

マンガ 西洋歯科医の始祖 小幡英之助

マンガ 西洋歯科医の始祖 小幡英之助

マンガ ペースメーカーの父・田原淳

マンガ ペースメーカーの父・田原淳

NHK総合 正月時代劇『風雲児たち~蘭学革命篇~』の関連資料

ふと中津市のホームページを見ていたら、来年の正月に放送される時代劇のプレミアムトークの宣伝がされていました。
f:id:Perie:20171106150934p:plain
(画像引用元:http://www.city-nakatsu.jp/



一体、どのような内容なのでしょうか?
NHKのドラマトピックスに以下の通り書かれていました

正月時代劇
風雲児たち蘭学革命(れぼりゅうし)篇~

大河ドラマ真田丸」より1年――。
三谷幸喜が満を持して送る究極のエンターテインメント時代劇!
あの三谷幸喜さんが「真田丸」以来、1年ぶりにNHK時代劇に帰ってきます。
今度のお題は前野良沢杉田玄白による〝蘭学事始〟。史上初の西洋医学書の和訳に一心同体で取り組んだ二人は、鎖国ど真ん中の江戸中期に革命的な翻訳を成し遂げます。しかし、刊行された「解体新書」になぜか良沢の名は載らず、名声は玄白だけのものとなりました。二人の間にいったい何が起きたのか…。
みなもと太郎さんの大河歴史ギャグ漫画を原作に、笑いとサスペンスに満ちた新しい三谷流歴史ドラマが誕生します。

(引用元:脚本・三谷幸喜 正月時代劇『風雲児たち~蘭学革命篇~』制作開始 | 正月時代劇 | NHKドラマ

なんだか面白そうですね....! 私事ですが、三谷幸喜さんのファンです。


今回は正月時代劇「風雲児たち蘭学革命(れぼりゅうし)篇~」に関連がありそうな、中津市内に展示されている資料を簡単にご紹介します。



目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書』をみることができる町です。
今は「中津からあげ」が有名です。
f:id:Perie:20170602225744j:plain

ドラマの登場人物と関連資料

前野良沢(1723年-1803年)

豊前国中津藩(現在の大分県中津市)の藩医蘭学者です。『解体新書』の主幹翻訳者でした。
中津市内に住んでいた家があるわけではありませんが、関連資料が幾つかあります。

前野良沢 肖像 掛け軸

中津市内には、前野良沢が描かれた掛け軸があります。小学校の教科書に使われている図です。

前野良沢 肖像
f:id:Perie:20170616114106j:plain
(図:川島整形外科病院所蔵)

川嶌整形外科病院内のメモリアルミュージアムにレプリカがあります(本物は川嶌先生所蔵)。幾つかある前野良沢肖像画の中で「最も本人に似ているのでは?」と言われる図だそうです。テレビ局等から「この図を利用しても良いですか?」と、川嶌病院に電話がかかってくるのだとか。

前野良沢の書

前野良沢の晩年、70歳近くの時に書かれた書物のようです。
書かれている字の通り「長寿」だったようです。

f:id:Perie:20171106204303j:plain
村上医科資料館展示品 前野良沢の書

解体新書(初版本)

1774年に発刊され、日本全国に衝撃を与えた『解体新書』です。大江医科資料館に、『解体新書(初版本)』と『重訂解体新書』とともに展示されています。

f:id:Perie:20170613234158j:plain
大江医科資料館展示品 『解体新書(初版)』




奥平昌鹿(1744年-1780年

前野良沢を保護し、蘭学を奨励したお殿様です。
奥平昌鹿公が「蘭化(蘭学の化け物)」呼んだそうです。

街中の看板

この奥平昌鹿に関する資料が思い当たらず、中津城近くに看板があったことしか覚えておりません。

f:id:Perie:20171106202150j:plain
f:id:Perie:20151031102925j:plain
(画像引用元http://ijinnnakatsu.junglekouen.com/c30791.html

余談ですが、奥平昌鹿は賀茂真淵国学を学んだそうです。
私の地元、浜松に賀茂真淵記念館あります。しかし、地元民でもその存在を知っている人が少ない気がします。。


大槻玄沢(1757年-1827年

中津の人ではありませんが、大槻玄沢が携わった『重訂解体新書』が中津市に展示されています。大江医科資料館に、『解体新書(初版本)』と『重訂解体新書』とともに展示されています。
大槻玄沢前野良沢に教わりました。

重訂解体新書

f:id:Perie:20171106183429j:plain
大江医科資料館展示品 『重訂解体新書』

杉田玄白(1733年–1817年)

江戸時代の蘭学医で、若狭国小浜藩医です。『解体新書』の和訳に携わりました。

解体約図

川嶌整形外科病院のミュージアム内に、解体新書のダイジェスト版の『解体約図』たぶん複製?が展示されています。

写真撮影不可だったので、ネット上から探してきた図を載せておきます。

f:id:Perie:20171106205354p:plain
(画像引用元:[koara-a]解體約圖 )

蘭学事始

川嶌整形外科病院のミュージアムに前野良沢肖像の掛け軸他、蘭学事始が置かれています。

f:id:Perie:20171106183406j:plain
川嶌整形外科病院ミュージアム展示品 『蘭学事始』複製?

ターヘルアナトミア(ドイツ語版)

『解体新書』の原書のターヘルアナトミアです。

f:id:Perie:20171106212444j:plain
川島整形外科病院展示品 ターヘルアナトミア(ドイツ語版)



平賀源内(1728年-1780年

平賀源内も中津の人ではありませんが、平賀源内の関連書物があります。
『解体新書』の挿絵画家の小田野直武に、洋画技法を教えたのが平賀源内です。

物類品隲

f:id:Perie:20171106201133j:plain
大江医科資料館展示品 『物類品隲』

展示場所

今回載せた資料は「大江医科資料館」「村上医科資料館」「川嶌整形外科病院ミュージアム」に展示されています。

町歩きの地図

中津駅にパンフレット「まちあるきのすすめ」が置かれていました。川嶌整形外科病院以外の、古文書が置いてありそうな場所が載っています。参考にしていただけたらと思います。


観光される方は「るるぶ」もあります。

2016 るるぶ特別編 中津・耶馬渓
f:id:Perie:20170803162251p:plain
(出典:2017るるぶ特別編集中津・耶馬渓が完成! | 大分県中津市

まとめ

来年のお正月時代劇の主人公が前野良沢です。前野良沢ゆかりの中津市は、様々な関連資料が展示されています。ぜひ中津市にお越しください。


関連資料

風雲児たち全20巻 完結セット (SPコミックス)

風雲児たち全20巻 完結セット (SPコミックス)

大分県中津市で見つけた歴史資料20 『増補重訂 西説内科撰要』(1826)

大分県中津市に仮住まいしていました。蘭学関係の古文書が数多く置かれているので「中身はどのようなものか」と気になり、興味本位で調べています。
遊び半分で始めたことですが、意外と長く続いてしまっています...。





今回は津山藩医・宇田川玄随が刊行した江戸時代の解剖図『増補重訂版 西説内科撰要(せいせつないかせんよう)』を紹介いたします。


目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書』をみることができる町です。
今は「中津からあげ」が有名です。
f:id:Perie:20170602225744j:plain

増補重訂版 西説内科撰要(せいせつないかせんよう)とは?

日本で刊行された最初の西洋内科翻訳書の宇田川玄随(槐園)の『西説内科撰要』に、宇田川玄真が増補して文政5年(1822)に出版したものです。原著は1744年に刊行されたオランダ人ヨハネス=ゴルデルによる内科書だそうです。*1


f:id:Perie:20171031195342j:plain
大江医科資料館展示品 増補重訂版 西説内科撰要


そういえば手塚治虫の『陽だまりの樹』の中で、『西説内科撰要』の名前だけ出てきましたね。

f:id:Perie:20171031180742j:plain
画像引用元:手塚治虫陽だまりの樹』「裏切り者」の章

増補重訂版 西説内科撰要の何がすごいの?

それまで西洋医学の外科ばかり取り上げられていましたが、内科に目を向けさせたところがこの翻訳書の注目すべき点です。

作者 宇田川玄随、宇田川玄真

蘭学の名門・宇田川家が関わっています。

宇田川玄随(1755-1797)

津山藩医。代々江戸詰の津山藩医で漢方医の家系に生まれました。
漢方を学ぶけれど、蘭学に転じました。桂川甫周、杉田玄白前野良沢に学ぶ。『西説内科撰要』『遠西医方名物考』などの訳述があります。

宇田川玄真(1769-1834)

津山藩医。宇田川玄随、大槻玄沢に学び、一時杉田玄白の田玄白の娘と結婚して養子となりましたが、放蕩が過ぎ、離縁されてしまいました。。その後、宇田川家を継ぎました。稲村三伯の『ハルマ和解』編集に協力したり、『遠西医範』等の訳述を行ったりしていました。

前回ご紹介した『医範提綱内象銅版図』(1805)の作者です。
perie.hatenablog.com

『西説内科撰要』と『増補重訂内科撰要』の違い

宇田川玄随がオランダの医学書を翻訳したものが『西説内科撰要』です。
宇田川家を継いだ宇田川玄真は、藤井方亭の協力を得て宇田川玄随の『西説内科撰要』を補充しました。これが『増補重訂内科撰要』です。
玄随の『西説内科撰要』の訳では病名はオランダ語に漢字をあてルビを付けていた(直訳・音訳・当て字)箇所がありましたが、玄真の『増補重訂内科撰要』では、意味をとった病名に改めたようです(義訳)。例えば、カタカナ書きで留めた「伊倔多(Jigt)」を「痛風」にする等しました。


増補重訂版 西説内科撰要の中身

基本的に文字ばかりです。興味のある方は画像下のリンクへどうぞ

f:id:Perie:20171101182904p:plain
(画像:内科撰要. 巻1-18 / 我爾徳児 著 ; 宇田川玄随 訳 ; 宇田川玄真 校註 ; 藤井方亭 増訳

購入方法

古書を扱う書店で、6万円で購入できるようです。江戸時代の書物、意外と手に入りやすいですね。

f:id:Perie:20171031202450p:plain
(画像:【天牛書店】書籍詳細 - 増補重訂 内科撰要(和本) 全6冊揃 [江戸後期 医書・蘭学] )

まとめ

日本で刊行された最初の西洋内科翻訳書『西説内科撰要』の増補版『増補重訂版 西説内科撰要』は、現在でも古書を扱う店舗で購入することができます。現物を眺めるだけで十分な方は、大分県中津市に展示されていますので、ぜひお越しください。

第26回 マンダラゲの会

単なる宣伝ですが、今週末の11月4日(土)大分県中津市で年2回開催されるマンダラゲの会(薬草園の手入れ・医学関連の講演会)が週末行われるようです。



お申し込みは本日までのようですので、興味のある方はお早めにどうぞ。


※当方、関係者ではありません。

大分県中津市で見つけた歴史資料19 『医範提綱内象銅版図』(1805)

大分県中津市に仮住まいしていました。蘭学関係の古文書が数多く置かれているので「中身はどのようなものか」と気になり、興味本位で調べています。



今回は津山藩医・宇田川玄真が刊行した江戸時代の解剖図『医範提綱内象銅版図(いはんていこうないしょうどうはんず)』を紹介いたします。


目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書』をみることができる町です。
今は「中津からあげ」が有名です。
f:id:Perie:20170602225744j:plain

『医範提綱内象銅版図(いはんていこうないしょうどうはんず)』って何?

宇田川玄真著の江戸時代のベストセラー医学書 『医範提綱』 の附図として1808年に刊行された再版本ですが、この図も大変な評判となったそうです。


f:id:Perie:20171025173042j:plain
村上医科資料館展示品 医範提綱内象銅版図 第十六〜第十八図の見開きページ

f:id:Perie:20171025190710j:plain
川嶌整形外科病院 内 ミュージアム展示品 医範提綱内象銅版図 第一〜第三図の見開きページ

補足説明ですが、宇田川玄真著『医範提綱』は人体の構造を研究するため、西洋の医書を数冊翻訳し要点をまとめて平易に説いたものです。解剖学・生理学・病理学などの知識が盛り込まれているようです。
『医範提綱』は「解体新書」、「重訂解体新書」と並ぶ日本初期解剖学史を代表する訳書として絶賛されたそうです。


手塚治虫著『陽だまりの樹』の中でも、少しだけ紹介されています。

f:id:Perie:20171025212746j:plain
画像引用元:手塚治虫著『陽だまりの樹

『医範提綱内象銅版図』の何がすごいの?

日本で初めての銅版解剖図といわれ、有名な銅版師・亜欧堂田善の手で西洋医学書の精巧な解剖図が再現されています。


作者 宇田川玄真(うだがわ げんしん)について

宇田川玄真(1770-1835)は江戸時代後期の蘭方医です。
『解体新書』の作者、杉田玄白の娘と一時は結婚し、養子になりましたが離縁されています。。あと江戸時代末期の有名な医師、緒方洪庵が弟子です。


『医範提綱内象銅版図』の中身ってどんな感じ?

『医範提綱内象銅版図』はどのページも図ばかりで活字は少なく、解剖図が好きな方は眺めていて楽しめるかと思われます。

目次

凡例三則  

第一図 鋸截去脳蓋剥脳膜見脳及鎌状管
第二図 鋸截去脳蓋剥脳膜扁截前脳見黒白二髄
第三図 去脳蓋出全脳翻之見下面所起十対神経及脳動血脈

第四図 脊骨
第五図 去脊骨見脊髄被膜者
第六図 脊椎神経三十対 剥脊髄膜開之両側約截脊髄所対起神経各穿出膜外在両側者

第七図 脳神経第五対以下並蔓延対、肋間対、神経
第八図 喉頭、気管、肺、連属之前面並開両肺之合見気管支、肺血脈入于肺

第九図  気管右支攅簇肺嚢為葡萄状左支去肺嚢
第十図  心被心嚢
第十一図 脱心嚢見心及両耳
第十二図 縦割心見心室

第十三図 動静脈二血脈幹支連属並静血脈之障膜
第十四図 割開胸、腹見胸肋骨、左肺、縦隔膜、横膈、血脈両幹、乳糜管、腎本位
第十五図 横膈全形

第十六図 割開胸腹去網膜、腸、腸間膜見諸器本位
第十七図 胃之全形附割開胃膜見裏膜有皺襞
第十八図 胃管胃腸連属

第十九図  胃、十二指腸、膵、膵管、総管、連属並虫様垂
第二十図  割開腹除網膜、腹膜、及前部所被腸見腸間膜連膓
第二十一図 乳糜諸道、腸間膜、連属

第二十二図 截断腸間膜周囲啓展之
第二十三図 割開腹除前部所被腸見門脈
第二十四図 脾
第二十五図 肝前面

第二十六図 肝後面凹処脱膜者 
第二十七図 割開胆見輸胆管通孔
第二十八図 尿之諸器並男子陰具連属
第二十九図 剖腎見内質及腎盂
第三十図  割開膀胱前面見尿道、精道

第三十一図 膀胱、精嚢、摂護、陰茎、連属之後面
第三十二図 除膀胱見精嚢、輸精管、摂護、連属之前面
第三十三図 剖截精嚢見内質
第三十四図 脱睾丸膜見上睾、睾丸、精血脈、輸精管又横截睾丸見細管

第三十五図 婦人陰具連属
第三十六図 縦割卵巣見卵
第三十七図 縦割膣後面見皺襞及子宮口
第三十八図 剖開子宮見内空及子宮口此所図子宮、其大全与真同

第三十九図 割開腹見皮膜
第四十図  顕微鏡見表被有微細汗孔及凹紋凹紋者従皮紋被之故為此状
第四十一図 顕微鏡見皮凡皮成於微細乳頭状
第四十二図 脱腺膜見腺質及所連諸管

第四十三図 脱単筋膜見単繊維
第四十四図 脱複筋膜見複繊維
第四十五図 脱複筋膜見重複繊維
第四十六図 見複筋起張、牽急、短促則斜形繊維更為横形
第四十七図 見腓筋牽挙踵

第四十八図 全躯諸筋
第四十九図 臑臂筋
第五十図  髀䯒筋

中身

幾つか中のページを紹介いたします。


凡例三則のページです。
昔の偉そうな男性の肖像画があります。西哲勃即合爾都 肖像と書かれています。
右側の文章、宇田川榛斎と書かれているのは、宇田川玄真のことです。

f:id:Perie:20171025191625j:plain
凡例三則 画像引用元:
内象銅版図− 03

f:id:Perie:20171025193422j:plain
『医範提綱内象銅版図』第十九〜第二十一図  画像引用元:内象銅版図− 10

閲覧方法

国立国会図書館や様々な機関が、デジタルアーカイブで公開しています。いくつか閲覧方法をご紹介します。

石川県立図書館 所蔵

石川県立図書館所蔵の『医範提綱内象銅版図』は、2種を閲覧することができます。

f:id:Perie:20171025205808p:plain
(画像引用元:医範提綱内象銅版図−インデックスページ

国立国会図書館

有名な本ですので、国立国会図書館から公開されています。

f:id:Perie:20171025210055p:plain
(画像引用元:国立国会図書館デジタルコレクション - [医範提綱内象銅版図]

Kindle

少々驚きですが、Kindleからも眺めることができます。

医範提綱内象銅版図

医範提綱内象銅版図



展示場所

村上医科資料館と川嶌整形外科病院内ミュージアムで見ることができます。


まとめ

『医範提綱内象銅版図』(1805)は江戸時代後期の蘭方医 宇田川玄真のベストセラー医学書 『医範提綱』 の附図として刊行された再版本です。日本で初めての銅版解剖図といわれています。Kindleでも眺めることができますが、現物をご覧になりたい方は大分県中津市にぜひお越しください。


大分県中津市で見つけた歴史資料18 華岡青洲関連資料

大分県中津市に仮住まいしていました。蘭学関係の古文書が数多く置かれているので「中身はどのようなものか」と気になり、興味本位で調べています。

今回は華岡青洲に関連した資料を紹介いたします。

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書』をみることができる町です。
今は「中津からあげ」が有名です。
f:id:Perie:20170602225744j:plain

華岡青洲(1760 - 1835)とは?

和歌山県出身のお医者さんで、世界初の全身麻酔による手術(乳癌手術)を成功した人です。
とても有名な方で、マンダラゲ(別名:チョウセンアサガオ)を使用した、麻酔開発のエピソードが度々ドラマ化されています。

華岡青洲の詳細エピソードは、以前ご紹介した記事をご覧ください。
perie.hatenablog.com




華岡青洲ゆかりの資料

大江医科資料館に展示されているのですが、大江雲澤(1822 - 1899)が華岡医塾大坂分塾(合水堂)で華岡流の外科学を学んでいたこともあり、様々な華岡青洲に関連する資料が展示されています。
当時、中津藩から華岡医塾大坂分塾に5名の医師が派遣されて学んでいたそうで、*1中津藩は勉強熱心な藩だったことを伺い知ることができます。


華岡青洲画像

華岡青洲(1760〜1835)が描かれた掛け軸です。中津の医師、大江雲澤が大阪で華岡青洲の娘婿に医学を習いに行った際、免許皆伝代わりに、この華岡青洲画像を譲り受けたそうです。
f:id:Perie:20170829235543j:plain

舌診要訣・青嚢秘録(せいのうひろく)

青嚢秘録は薬学書のようです。は青洲が用いた処方が解りやすく簡明に書かれ
ているのだとか。*2

f:id:Perie:20171010212630j:plain
舌診要訣・青嚢秘録(写本)

麻沸湯(別名:通仙散)の処方

青嚢秘録には華岡青洲が開発した麻酔薬「麻沸湯(別名:通仙散)」が書いてあります。
最終処方のトリカブト(=鳥頭)・マンダラゲ・当帰(=當皈)・白芷・川芎・天南星の6種類が記載されています。

f:id:Perie:20171017174549p:plain
(画像引用元:青嚢秘録 / 花陵青州 著


一応、処方を載せておきます。

麻沸湯(まふつとう)
処方:曼荼羅実(マンダラジツ) 6銭、百芷(ビャクシ) 1銭、南星(ナンショウ) 1銭、当帰(トウキ) 3銭、川芎(センキュウ) 6銭、烏頭(ウズ) 1銭、
製法:以上の6種を粉にして、煎じて服用する。


華岡麻沸湯(まふつとう)
処方:曼荼羅実 6銭、川芎 3銭、百芷 1銭、当帰(焙ったもの) 3銭、烏頭 3銭、南星(焙ったもの) 1銭
製法用法:以上の6種を粉末にし、小児には1銭5分、大人には2銭。それを1合4,5勺の水で、その80%くらいになるまで煎じる。
または、散剤(この場合は、麻沸散マフツサンになる)にして服用させても良い。

引用元:華岡青洲の書物に見る紫根 紫雲膏の原典 : 昭和薬局ブログ

※マンダラゲもトリカブトも天南星も毒性があって危険ですので、作らないでください。

「狐ツキヲ落ス方 口傳」

こちらは村上医科資料館に展示されている『青嚢秘録(写本)』です。
こちらも華岡青洲著のものだと思われるのですが、見開き右端に書かれている文章は「狐ツキヲ落ス方 口傳」でしょうか?謎が深まるばかりです。。

f:id:Perie:20171017172611j:plain
青嚢秘録(写本)

『青嚢秘録』の閲覧方法

『青嚢秘録』の内容は、以下のリンクから眺めることができます。

f:id:Perie:20171010231158p:plain
(画像引用元:青嚢秘録 / 花陵青州 著

華岡青洲所診画帳

世界初の全身麻酔による手術(乳癌手術)を成功させた華岡青洲の乳癌手術図の写本です。
f:id:Perie:20170906102702j:plain
この当時コピー機が存在しないので、手描きで写しています。
華岡青洲の元で学んだお弟子さんによる写本が、日本各地で所蔵されている印象があります。
もちろん華岡青洲の里、和歌山県でも所蔵されています。

青洲の乳がん手術図(和歌山県 青洲の里所蔵)
f:id:Perie:20170829230849j:plain
(引用元:華岡青洲の乳がん手術|和歌山県立医科大学附属病院紀北分院

截断篇(さいだんへん)

「『截断篇』紀陽 華岡青洲先生口授」とあります。
現代の漢字に当てはめると「切断編」でしょうか。

f:id:Perie:20171010212719j:plain
『截断篇』紀陽 華岡青洲先生口授



瘍科瑣言(ようかさげん)

「瘍科」とは腫れ物などを治療する部門のことで、「瑣言」とはちょっとした言葉、とるに足りない言葉という意味だそうです。
『瘍科瑣言』とは華岡青洲がみずからの瘍科の治療法を門人たちに口述した言葉のようです。青洲の教育は実習と口述とが基本だったようで、門人たちは青洲の言葉を書きとめ、それを写していたようです。*3

f:id:Perie:20171010212638j:plain
瘍科瑣言(写本)

『瘍科瑣言』の内容は、以下のリンクから眺めることができます。

f:id:Perie:20171010214829p:plain
(画像引用元瘍科瑣言 / 華岡青洲 口授

その他資料

華岡家と大江家が交流あったようで、手紙が展示されています。他にも資料が展示されていたような気がしますが....写真を撮影した当時、あまり興味がなかったので写真を撮ませんでした。すみません。





現代でも使われている華岡青洲の処方薬

現代でも華岡青洲が開発した薬が売られています。華岡青洲は現在の皮膚科領域の治療も得意としていたようで、皮膚トラブル関連の薬が売られています。amazonで購入できましたので、幾つかご紹介いたします。

紫雲膏(しうんこう)

華岡青洲著『外科正宗』に収載されている漢方の軟膏です。
華岡青洲が「潤肌膏」という軟膏を元に、豚脂を加えて改良を加え完成されたといわれる歴史のある名処方です。現在も盛んに使われているそうです。

ひび、あかぎれ、しもやけ、外傷、火傷(やけど)等に効果を発揮します。成分はごま油、蜜蝋、豚脂、トウキ(=当帰)、シコン(=紫根)です。

f:id:Perie:20171017183418j:plain
紫雲膏

特徴
●「紫雲膏」は、江戸末期の名医華岡青洲の創方で漢方の軟膏として「外科正宗」に収載されています。
●ひび、あかぎれ、しもやけ、外傷、火傷(やけど)などに効果を発揮します。
特に肉芽形成を促進しますので、患部の治癒を早め、皮膚をなめらかにします。また低刺激性の軟膏として広く用いられています。
引用:漢方製剤 クラシエ紫雲膏 説明文書より

2010年にテレビ番組「魔女たちの22時」で、シコン(紫根)の化粧水や、紫雲膏が紹介されたこともあり、関連製品が品切れになったとか。。

シコンの色の通り、赤紫色です。臭いは...ごま油の臭いでしょうか...。強く臭うわけではありませんが、いい香りではありません。
口に入れても大丈夫な素材ですので、リップクリームとしても使えそうな印象があります。服についたら、紫色になりますのでご注意ください。

f:id:Perie:20171017192317j:plain
クラシエ紫雲膏



十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)

十味敗毒湯は古典書『万病回春』に記載されている「荊防敗毒散」をもとに、江戸時代の華岡青洲によりつくられた処方です。その名の通り、10種類の生薬を用いて毒素を敗退させることを目標に考え出されたそうです。皮膚の赤みやカユミを発散し、腫れや化膿をおさえます。また、そのようになりやすい体質を改善します。体力が中くらいの人に向く処方だそうです*4。出典は『瘍科方筌』(ようかほうせん)です。

効能は以下の通りです。

「十味敗毒湯」は、『華岡青洲』という江戸時代の医師が考案した漢方薬で、発赤、腫脹、疼痛、熱感があったり、あるいは化膿しはじめの「化膿性皮膚疾患・急性皮膚疾患の初期」、「じんましん」、「湿疹・皮膚炎」、「水虫」に用いられています。

引用:ツムラの漢方製剤 ツムラ漢方十味敗毒湯エキス顆粒 説明文書より

f:id:Perie:20171017183408j:plain
十味敗毒湯



漢方独特の臭いがします。味は...苦くはありません。比較的飲みやすい方だと思います。

f:id:Perie:20171017192322j:plain
ツムラ漢方十味敗毒湯エキス顆粒


中黄膏(ちゅうおうこう)

華岡青洲が「黄連膏」という軟膏を改良して作ったといわれている、江戸時代から伝わる処方です。中黄膏は華岡青洲著『春林軒膏方』に収載される外用の漢方製剤です。
はれものの初期、うち身、ねんざに対し、熱を取り、排膿を促し、疼痛をやわらげ、うっ血を散らす効果があります。



商品注文が間に合わず、写真が掲載できませんでした....。
鮮やかな黄色が特徴的な軟膏のようです。




華岡青洲関連の関連として紹介してしまいましたが、使われる方は使用前に医師、薬剤師又は登録販売者に相談してください。


展示場所

大江医科資料館に展示されています。

大江医家蔵書一覧

まとめ

大分県中津市の大江医科資料館には、世界初の麻酔による乳癌手術を成功させた華岡青洲関連の様々な資料が展示されています。
現代でも使用されている華岡青洲処方の漢方製剤もありますので、近所の薬屋さんで探してみると江戸時代の薬を身近に感じられるかもしれません。

関連

【第2類医薬品】クラシエ紫雲膏 14g

【第2類医薬品】クラシエ紫雲膏 14g

【第2類医薬品】中黄膏ダイコー 50g

【第2類医薬品】中黄膏ダイコー 50g

華岡青洲の妻 [DVD]

華岡青洲の妻 [DVD]

*1:水滴は岩をも穿つ 川嶌眞人 p70

*2:さざなみ:滋賀医科大学附属図書館報 No.29(1987.9) 

*3:ぱなにあえば2: 華岡青洲の瘍科瑣言 「解説」 2015.10.25

*4:十味敗毒湯

大分県中津市の『舎密開宗 (せいみかいそう)』展示場所

今月から開催される早稲田大学応用化学科創立百周年記念展示で、古書『舎密開宗 (せいみかいそう)』が展示されるようです。

f:id:Perie:20171011221821j:plain
江戸後期、知の探究者たちが切り拓いた世界
-応用化学科創立百周年記念展示-

期間 : 2017年10月5日(木)~2017年11月9日(木)
会場 : 早稲田大学総合学術情報センター2階展示室
時間:10:00~18:00
閉室:日曜日、11月3日(金)は閉室応用化学科創立百周年記念展示ポスター
ただし10月15日(日)は開室(10:00~17:00)
主催:早稲田大学先進理工学部応用化学科/早稲田大学図書館
★どなたでもご自由にご覧いただけます。


(引用元:https://www.waseda.jp/library/news/2017/09/13/4079/


バックナンバーになるのですが、早稲田学報(2017年6月号)の「江戸時代後期、知の探求者たちが切り拓いた世界ー応用化学科創立百周年記念展示ー」のページに宇田川榕庵の『舎密開宗 (せいみかいそう)』が紹介されていました。

左下に『舎密開宗 (せいみかいそう)』載っています。








大分県中津市でも『舎密開宗 (せいみかいそう)』を眺めることができるので、展示場所だけ簡単に紹介させていただきます。

目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書』をみることができる町です。
早稲田大学の展示の紹介をしておきながら申し上げにくいのですが...慶應義塾大学創設者の福澤諭吉の故郷です。
f:id:Perie:20170602225744j:plain

中津市所蔵の『舎密開宗 (せいみかいそう)』

大江医科資料館に1〜12巻まで展示されています。

f:id:Perie:20171011224836j:plain
舎密開宗 (せいみかいそう)』

展示場所

大江医科資料館に展示されています。
https://www.instagram.com/p/5e1K1xIcGs/

まとめ

早稲田大学応用化学科創立百周年記念展示で展示される『舎密開宗 (せいみかいそう)』を、大分県中津市の大江医科資料館でも見ることができます。『舎密開宗』の他にも蘭学関連の資料を数多く展示されていますので、興味のある方はぜひ中津市にお越しください。

大分県中津市の郷土菓子「けんちん」

大分県中津市に仮住まいしていました。
200年ほど前、中津のお医者さんが作った中津名物の薬膳菓子「けんちん」を今回ご紹介いたします。


目次

大分県中津市ってどこ?

福岡県と大分県の県境です。蘭学の街として栄え、歴史の教科書に掲載される『解体新書』をみることができる町です。今は「中津からあげ」で有名な街です。
f:id:Perie:20170602225744j:plain

けんちんとは?

大分県中津に200年前から伝わる薬膳菓子(郷土菓子)です。

f:id:Perie:20171003235938j:plain
中津市薬膳菓子「けんちん」
中津市にある渓谷、耶馬溪(やばけい)の山野で採れるキクラゲ、銀杏、十六豆に葛粉、小麦粉、砂糖を混ぜて蒸した棹もので、慶弔用には欠かせない品だそうです
*1

味は.....好き嫌い別れそうな印象です。



けんちんの製作者

田中信平(たなかしんぺい)は1748年中津生まれで、長崎で蘭方外科を学んだ医師です。

f:id:Perie:20171004001624j:plain
(画像引用元:http://ijinnnakatsu.junglekouen.com/c30774.html

けんちんが食べられる場所「筑紫亭」

こちらの名店、グルメ漫画美味しんぼ』にも出てきた鱧を出す高級料亭です。デザートに「けんちん」が出されます。筑紫亭は建物が国指定登録有形文化財です。
https://www.instagram.com/p/BVjMxxnBKSG/


外観はこのような雰囲気です。

f:id:Perie:20171003235441j:plain
中津市の鱧料亭「筑紫亭」

漫画「美味しんぼ」の中に出てきます。

f:id:Perie:20171004000442j:plain
(引用元:漫画「美味しんぼ」71巻)

「けんちん」が買える場所

中津の菓子屋「甘味本陣」さんや、「殿畑双葉堂」さんで購入できるようです。上記でご紹介いたしました「筑紫亭」でも購入できます。
他には中津駅内のお土産コーナーや、大分空港のお土産コーナーに置いてあります。

まとめ

大分県中津市の郷土菓子「けんちん」は200年前から伝わる薬膳菓子です。製作者は中津のお医者さん、田中信平(たなかしんぺい)です。高級料亭のデザートとしても提供されていますので、ぜひ一度お試しください。

関連

美味しんぼ (71) (ビッグコミックス)

美味しんぼ (71) (ビッグコミックス)